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礼記 / 玉藻

始冠,緇布冠,自諸侯下達,冠而敝之可也。玄冠朱組纓,天子之冠也。緇布冠繢緌,諸侯之冠也。玄冠丹組纓,諸侯之齊冠也。玄冠綦組纓,士之齊冠也。縞冠玄武,子姓之冠也。縞冠素紕,既祥之冠也。垂緌五寸,惰游之士也,玄冠縞武,不齒之服也。居冠屬武,自天子下達,有事然後緌。五十不散送,親沒不髦,大帛不緌。玄冠紫緌,自魯桓公始也。

新字:始冠,緇布冠,自諸侯下達,冠而敝之可也。玄冠朱組纓,天子之冠也。緇布冠繢緌,諸侯之冠也。玄冠丹組纓,諸侯之斉冠也。玄冠綦組纓,士之斉冠也。縞冠玄武,子姓之冠也。縞冠素紕,既祥之冠也。垂緌五寸,惰游之士也,玄冠縞武,不歯之服也。居冠属武,自天子下達,有事然後緌。五十不散送,親没不髦,大帛不緌。玄冠紫緌,自魯桓公始也。

書き下し

始めて冠するには、緇布冠(しふかん)、諸侯より下(しも)達す。冠して之を敝(す)てて可なり。玄冠朱組纓(しゅそえい)は、天子の冠なり。緇布冠繢緌(かいずい)は、諸侯の冠なり。玄冠丹組纓は、諸侯の斉冠なり。玄冠綦組纓(きそえい)は、士の斉冠なり。縞冠玄武(こうかんげんぶ)は、子姓の冠なり。縞冠素紕(そひ)は、既に祥(しょう)するの冠なり。緌を垂るること五寸なるは、惰游の士なり。玄冠縞武は、歯(よわい)せざるの服なり。居冠は武に属(つら)ね、天子より下達す。事有りて然る後に緌す。五十にして散送せず、親没すれば髦(ぼう)せず、大帛には緌せず。玄冠紫緌は、魯の桓公より始まるなり。

現代語訳

初めて冠をつける冠礼では緇布冠(しふかん、黒い麻布の冠)を用いる。これは諸侯から下は士まで同じである。冠礼が済めば、その冠は捨ててしまってよい。黒い冠に朱色の組紐の纓(えい、あご紐)をつけるのは天子の冠である。緇布冠に彩りのある緌(ずい、纓の垂れ端)をつけるのは諸侯の冠である。黒い冠に赤い組紐の纓は諸侯が斎戒するときの冠である。黒い冠に青黒い組紐の纓は士が斎戒するときの冠である。白絹の冠に黒い武(ぶ、冠の鉢巻き部分)をつけるのは、父の喪に服する子孫の冠である。白絹の冠に白い縁取りをつけるのは、大祥(だいしょう、三年の喪の終わりの祭り)を終えた後の冠である。緌を五寸も垂らすのは、職につかずぶらぶら遊ぶ士である。黒い冠に白い武をつけるのは、罪を犯して人の列に数えられない者の服である。ふだんの冠は冠と武を一続きにしたもので、天子から下まで同じであり、行事があるときにだけ緌を垂らす。五十歳になれば、喪に際して麻の帯の端を散らして垂らすことをしない。親が亡くなれば、髦(ぼう、親の存命を示す子の髪飾り)を外す。大帛(たいはく、厚い白絹)の冠には緌をつけない。黒い冠に紫の緌をつけるのは、魯の桓公から始まったことである。

解説

冠の種類を、身分と場面と喪の段階によって並べた段である。冠は頭に載せるだけの物だが、その色と紐の組み合わせで、天子か諸侯か士か、斎戒中か喪中か、喪が明けたのか、さらには職を持たない者や罪人かまでが一目で分かるように定められていた。冠礼で用いる緇布冠をすぐに捨ててよいとするのは、これが古えの素朴な冠を一度だけ身につけて始まりを思い出すためのもので、ふだん使う物ではないからである。末尾の「玄冠紫緌は魯の桓公より始まる」について、鄭玄は宋の王者の後裔の服を僭したもので、本来は繢(彩り)を用いるべきだと注している。礼記は、こうした小さな逸脱が誰から始まったかを書きとめて、けじめの崩れの起点を示す。身なりが立場を語るという感覚は、制服や喪服の色を選ぶ今日の私たちにもなお残っている。

この章句が説くこと

礼記玉藻冠服制冠礼

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