礼記 / 礼運
「故政者,君之所以藏身也。是故夫政必本於天,殽以降命。命降于社之謂殽地;降于祖廟之謂仁義,降於山川之謂興作,降於五祀之謂制度。此聖人所以藏身之固也。
新字:「故政者,君之所以蔵身也。是故夫政必本於天,殽以降命。命降于社之謂殽地;降于祖廟之謂仁義,降於山川之謂興作,降於五祀之謂制度。此聖人所以蔵身之固也。
書き下し
故に政は、君の身を蔵する所以なり。是の故に夫れ政は必ず天に本づき、殽(なら)いて以て命を降す。命の社に降る、之を殽地と謂い、祖廟に降る、之を仁義と謂い、山川に降る、之を興作と謂い、五祀に降る、之を制度と謂う。此れ聖人の身を蔵する所以の固めなり。
現代語訳
だから政治は、君が身を安全に守るためのよりどころである。それゆえ政治は必ず天に基づき、天にならって命令を下す。命令が社(土地の神)の祭りを通じて下されるのを、地にならうという。祖廟の祭りを通じて下されるのを、仁義という。山川の祭りを通じて下されるのを、興作(事業を起こすこと)という。五祀(門・戸・竈など家の五つの神)の祭りを通じて下されるのを、制度という。これこそ聖人が身を守るための堅固なよりどころである。
解説
政治を君が身を守るよりどころと述べ、その命令が天に基づき、さまざまな祭祀を通じて下されることを説く段である。社の祭りからは地の利にかなった政令が、祖廟の祭りからは親を親とし尊きを尊ぶ仁義が、山川の祭りからは土木や事業の興しが、門や竈を祀る五祀からは日々の制度が生まれるとする。政治の命令を君個人の意思ではなく、天地・祖先・山川・家の神々という公の秩序から導かれたものとして示すことで、命令に重みと正しさを与えているのである。君が自分の身を守れるのは、権力を振るうからではなく、命令が天と神々の秩序に根ざしているからだという逆説がここにある。上に立つ人の指示が、個人の好みではなく組織の理念や先人の積み重ねに基づいていると示されるとき、人は安心して従うことができる。
この章句が説くこと
礼記政治天命祭祀礼運
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