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礼記 / 曽子問

曾子問曰:「宗子為士,庶子為大夫,其祭也如之何?」孔子曰:「以上牲祭於宗子之家,祝曰:『孝子某為介子某薦其常事。』若宗子有罪,居于他國,庶子為大夫,其祭也,祝曰:『孝子某使介子某執其常事。』攝主不厭祭,不旅,不假,不綏祭,不配。布奠於賓,賓奠而不舉,不歸肉。其辭於賓曰:『宗兄、宗弟、宗子在他國,使某辭。』」

新字:曽子問曰:「宗子為士,庶子為大夫,其祭也如之何?」孔子曰:「以上牲祭於宗子之家,祝曰:『孝子某為介子某薦其常事。』若宗子有罪,居于他国,庶子為大夫,其祭也,祝曰:『孝子某使介子某執其常事。』摂主不厭祭,不旅,不仮,不綏祭,不配。布奠於賓,賓奠而不舉,不帰肉。其辞於賓曰:『宗兄、宗弟、宗子在他国,使某辞。』」

書き下し

曾子問いて曰く、「宗子は士為り、庶子は大夫為らば、其の祭や之を如何せん」と。孔子曰く、「上牲を以て宗子の家に祭り、祝して曰く、『孝子某、介子某の為に其の常事を薦む』と。若し宗子罪有りて、他国に居り、庶子大夫為らば、其の祭や、祝して曰く、『孝子某、介子某をして其の常事を執らしむ』と。摂主は厭祭(えんさい)せず、旅せず、假(か)せず、綏祭(ださい)せず、配せず。奠を賓に布き、賓奠して挙げず、肉を帰らず。其の賓に辞して曰く、『宗兄・宗弟・宗子他国に在り、某をして辞せしむ』と」と。

現代語訳

曾子が尋ねた。「本家の当主である宗子が士の身分で、分家の庶子が大夫の身分である場合、祖先の祭りはどうすればよいのでしょうか。」孔子は答えた。「大夫にふさわしい上等の犠牲を用いて、宗子の家で祭る。祝は『孝子である某(宗子)が、介子(かいし、副となる子)の某のために、恒例の祭りを献じます』と唱える。もし宗子が罪を得て他国に住んでおり、庶子が大夫であるなら、その祭りでは、祝は『孝子である某が、介子の某に恒例の祭りを執り行わせます』と唱える。代わりに祭りを主宰する者は、厭祭(えんさい、尸のいない所で神に供え物を楽しませる儀式)を行わず、旅酬をせず、尸からの祝福の言葉を受けず、綏祭(ださい、供え物の一部を取って祭る所作)をせず、祖母を配して祀ることもしない。賓客の前に杯を置くが、賓客は置いたまま取り上げず、供えた肉を賓客に分け贈らない。賓客に向かっては、『宗兄(あるいは宗弟)である宗子が他国におりますので、某にかわってご挨拶を申し上げさせます』と述べる。」

解説

本家の当主(宗子)と分家の子(庶子)の身分が逆転した場合の祖先祭祀を定める段である。周の宗法では、祖先を祭る資格は宗子にあり、庶子がいかに高い爵位を得ても自分の家で祖先を祭ることはできない。そこで大夫となった庶子は、自分の身分にふさわしい犠牲を出しつつ、祭りは宗子の家で宗子の名において行う。鄭玄は介を副と注し、祝の言葉に「庶」と言わず「介子」と言うのは、祭ることができるかのように扱うためだとする。宗子が国外にいて庶子が代わりに主宰するときは、厭祭や旅酬、尸の祝福、配祀などをすべて省く。鄭玄はこれらを、みな正式な主人に遠慮して避けるのだと注している。実務を担う者が名分を本来の主に譲る構図で、家業を継いだ者と本家、あるいは実力者と名目上の代表の関係を考えるうえでも示唆がある。

この章句が説くこと

礼記曽子問宗子祭祀名分

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