礼記 / 曽子問
曾子問曰:「當祭而日食,大廟火,其祭也如之何?」孔子曰:「接祭而已矣。如牲至未殺,則廢。」 天子崩,未殯,五祀之祭不行;既殯而祭,其祭也,尸入,三飯,不侑,酳不酢而已矣。自啟至于反哭,五祀之祭不行;已葬而祭,祝畢獻而已。
新字:曽子問曰:「当祭而日食,大廟火,其祭也如之何?」孔子曰:「接祭而已矣。如牲至未殺,則廃。」 天子崩,未殯,五祀之祭不行;既殯而祭,其祭也,尸入,三飯,不侑,酳不酢而已矣。自啓至于反哭,五祀之祭不行;已葬而祭,祝畢献而已。
書き下し
曾子問いて曰く、「祭に当たりて日食し、大廟の火あれば、其の祭や之を如何せん」と。孔子曰く、「接祭(せっさい)するのみ。如し牲至りて未だ殺さずんば、則ち廃す」と。 天子崩じて、未だ殯せざれば、五祀の祭は行わず。既に殯して祭るに、其の祭や、尸(し)入り、三飯して、侑(すす)めず、酳(いん)して酢(さく)せざるのみ。啓より反哭に至るまで、五祀の祭は行わず。已に葬りて祭るには、祝畢(ことごと)く献ずるのみ。
現代語訳
曾子が尋ねた。「祭りの最中に日食が起こったり、太祖の廟が火事になったりしたら、その祭りはどうすればよいのでしょうか。」孔子は答えた。「手早く済ませるだけである。もし犠牲の獣が着いていても、まだ殺していなければ、取りやめる。」 天子が亡くなって、まだ殯を済ませていないうちは、五祀の祭りは行わない。殯を済ませてから祭る場合、その祭りでは、尸(し、祭りで祖先の霊の代わりとなる人)が入り、三口食べたところで、それ以上勧めることはせず、口をすすぐ酒を勧めるが、尸から返杯を受けることはしないで終える。棺を殯から出してから、埋葬を終えて帰り哭するまでは、五祀の祭りは行わない。埋葬が済んでから祭るときは、祝が献杯を終えるところまでで終える。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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