導師導古典を学びたいすべての人に

礼記 / 王制

方一里者,為田九百畝。方十里者,為方一里者百,為田九萬畝。方百里者,為方十里者百,為田九十億畝。方千里者,為方百里者百,為田九萬億畝。 自恆山至於南河,千里而近。自南河至於江,千里而近。自江至於衡山,千里而遙。自東河至於東海,千里而遙。自東河至於西河,千里而近,自西河至於流沙,千里而遙。西不盡流沙,南不盡衡山,東不近東海,北不盡恆山,凡四海之內,斷長補短,方三千里,為田八十萬億一萬億畝。方百里者,為田九十億畝:山陵、林麓、川澤、溝瀆、城郭、宮室、塗巷,三分去一,其餘六十億畝。

新字:方一里者,為田九百畝。方十里者,為方一里者百,為田九万畝。方百里者,為方十里者百,為田九十億畝。方千里者,為方百里者百,為田九万億畝。 自恒山至於南河,千里而近。自南河至於江,千里而近。自江至於衡山,千里而遥。自東河至於東海,千里而遥。自東河至於西河,千里而近,自西河至於流沙,千里而遥。西不尽流沙,南不尽衡山,東不近東海,北不尽恒山,凡四海之内,断長補短,方三千里,為田八十万億一万億畝。方百里者,為田九十億畝:山陵、林麓、川沢、溝瀆、城郭、宮室、塗巷,三分去一,其余六十億畝。

書き下し

方一里なる者は、田九百畝と為す。方十里なる者は、方一里なる者百と為し、田九万畝と為す。方百里なる者は、方十里なる者百と為し、田九十億畝と為す。方千里なる者は、方百里なる者百と為し、田九万億畝と為す。 恒山より南河に至るまで、千里にして近し。南河より江に至るまで、千里にして近し。江より衡山に至るまで、千里にして遥かなり。東河より東海に至るまで、千里にして遥かなり。東河より西河に至るまで、千里にして近し。西河より流沙に至るまで、千里にして遥かなり。西は流沙を尽くさず、南は衡山を尽くさず、東は東海に近からず、北は恒山を尽くさず。凡そ四海の内、長きを断ち短きを補えば、方三千里、田八十万億一万億畝と為す。方百里なる者は、田九十億畝と為す。山陵・林麓・川沢・溝瀆(こうとく)・城郭・宮室・塗巷(とこう)、三分して一を去れば、其の余は六十億畝なり。

現代語訳

方一里(一里四方)の土地は、田にして九百畝である。方十里の土地は方一里が百集まったもので、田にして九万畝である。方百里の土地は方十里が百集まったもので、田にして九十億畝(ここでいう億は十万で、九百万畝)である。方千里の土地は方百里が百集まったもので、田にして九万億畝(ここでいう万億は一億で、九億畝)である。 恒山(北の霊山)から南河(南へ流れる黄河)までは、千里に少し足りない。南河から長江までは、千里に少し足りない。長江から衡山(南の霊山)までは、千里を少し超える。東河から東海までは、千里を少し超える。東河から西河までは、千里に少し足りない。西河から流沙(西方の砂漠)までは、千里を少し超える。西は流沙の果てまでは及ばず、南は衡山の向こうまでは及ばず、東は東海に届かず、北は恒山の向こうまでは及ばない。およそ四海の内は、長いところを削り短いところを補って均すと方三千里となり、田にして八十一万億畝となる。方百里の土地は田にして九十億畝であるが、そのうち山や丘、林や山麓、川や沢、溝や水路、城郭、宮室、道や路地に三分の一を取り、残りの六十億畝を民に授ける。

解説

土地の広さと田の面積を計算し、天下の大きさを見積もった段である。方一里が九百畝で、十倍四方ごとに百倍になる。鄭玄は、ここでの億は漢の十万、万億は万万すなわち一億に当たると注しており、数の単位が時代によって違うことに注意が要る。後半は、恒山・黄河・長江・衡山・東海・流沙などを目印に天下の広がりを測り、鄭玄はそれぞれを冀州・豫州・荊州・徐州・雍州の範囲と注する。「千里にして近し」「遥かなり」の読みについて、孔穎達の疏は皇侃の説を採り、近しは千里に足りず、遥かなりは千里を超えると解する。凹凸を均せば天下は方三千里になる、という大づかみの見積もりである。とくに興味深いのは、方百里の国のうち、山林や川沢、水路、城郭、宮殿、道路に三分の一を除き、残りを民に授けるとする点で、鄭玄は一大国を基準にした計算だと注する。国土の三分の一を公共の用地として見込む発想は、今の都市計画で道路や公園の割合を考えるのとよく似ている。

この章句が説くこと

礼記王制土地計量公共

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る