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礼記 / 王制

冢宰制國用,必於歲之杪,五穀皆入然後制國用。用地小大,視年之豐耗。以三十年之通制國用,量入以為出,祭用數之仂。喪,三年不祭,唯祭天地社稷為越紼而行事。喪用三年之仂。喪祭,用不足曰暴,有餘曰浩。祭,豐年不奢,凶年不儉。國無九年之蓄曰不足,無六年之蓄曰急,無三年之蓄曰國非其國也。三年耕,必有一年之食;九年耕,必有三年之食。以三十年之通,雖有凶旱水溢,民無菜色,然後天子食,日舉以樂。天子七日而殯,七月而葬。諸侯五日而殯,五月而葬。大夫,士,庶人,三日而殯,三月而葬。三年之喪,自天子達,庶人縣封,葬不為雨止,不封不樹,喪不貳事,自天子達於庶人。喪從死者,祭從生者。支子不祭。

新字:冢宰制国用,必於歳之杪,五穀皆入然後制国用。用地小大,視年之豊耗。以三十年之通制国用,量入以為出,祭用数之仂。喪,三年不祭,唯祭天地社稷為越紼而行事。喪用三年之仂。喪祭,用不足曰暴,有余曰浩。祭,豊年不奢,凶年不倹。国無九年之蓄曰不足,無六年之蓄曰急,無三年之蓄曰国非其国也。三年耕,必有一年之食;九年耕,必有三年之食。以三十年之通,雖有凶旱水溢,民無菜色,然後天子食,日舉以楽。天子七日而殯,七月而葬。諸侯五日而殯,五月而葬。大夫,士,庶人,三日而殯,三月而葬。三年之喪,自天子達,庶人県封,葬不為雨止,不封不樹,喪不貳事,自天子達於庶人。喪従死者,祭従生者。支子不祭。

書き下し

冢宰(ちょうさい)国用を制するは、必ず歳の杪(すえ)に於いてす。五穀皆入りて然る後に国用を制す。地の小大を用い、年の豊耗(ほうもう)を視る。三十年の通を以て国用を制し、入るを量りて以て出だすを為す。祭には数の仂(ろく)を用う。喪は三年祭らず、唯天地社稷を祭るのみ、紼(ふつ)を越えて事を行うと為す。喪には三年の仂を用う。喪祭、用足らざるを暴と曰い、余り有るを浩(こう)と曰う。祭は豊年にも奢らず、凶年にも倹せず。国に九年の蓄え無きを不足と曰い、六年の蓄え無きを急と曰い、三年の蓄え無きを、国其の国に非ずと曰う。三年耕せば、必ず一年の食有り。九年耕せば、必ず三年の食有り。三十年の通を以てすれば、凶旱水溢(すいいつ)有りと雖も、民に菜色(さいしょく)無し。然る後に天子食し、日に挙ぐるに楽を以てす。天子は七日にして殯(ひん)し、七月にして葬る。諸侯は五日にして殯し、五月にして葬る。大夫・士・庶人は、三日にして殯し、三月にして葬る。三年の喪は、天子より達す。庶人は県封(けんぽう)し、葬るに雨の為に止めず、封せず樹せず。喪に事を弐(ふた)つにせず、天子より庶人に達す。喪は死者に従い、祭は生者に従う。支子(しし)は祭らず。

現代語訳

冢宰(ちょうさい、百官の長で国の財政を司る)が国の予算を定めるのは、必ず年の終わりに行う。五穀の収穫がすべて入ってから、国の予算を定めるのである。国土の大小に応じ、その年の豊作・凶作を見て決める。三十年の平均をもとに予算を立て、入ってくる額を量って出ていく額を決める。祭祀には、一年の経費の十分の一を用いる。喪中の三年間は宗廟を祭らないが、天地と社稷(土地と五穀の神)の祭りだけは、棺を引く紼(ふつ、綱)を越えてでも執り行う。喪には、三年分の経費の十分の一を用いる。喪や祭りで費用が足りないのを暴(損なう)といい、余りがあるのを浩(過ぎて豊か)という。祭りは、豊年でも奢らず、凶年でも切り詰めない。国に九年分の蓄えがないのを「不足」といい、六年分の蓄えがないのを「急」といい、三年分の蓄えがないのを「国がもはや国ではない」という。三年耕せば必ず一年分の食糧の余りが生じ、九年耕せば必ず三年分の余りが生じる。三十年の平均で計画すれば、凶作や旱魃や洪水があっても、民が菜ばかり食べて青ざめた顔色になることはない。そうなってはじめて天子は食事をし、毎日の食事に音楽を奏させる。天子は死後七日で殯(ひん、棺を仮に安置すること)をし、七か月で葬る。諸侯は五日で殯をし、五か月で葬る。大夫・士・庶人は三日で殯をし、三か月で葬る。父母のための三年の喪は、天子から庶人まで通じて同じである。庶人は綱で棺を吊り下ろして埋め、雨が降っても葬儀を止めず、土を盛って墳を作ることも、木を植えることもしない。喪中はほかの務めを兼ねないことも、天子から庶人まで同じである。喪の礼は死者の身分に従い、祭りの礼は祭る者の身分に従う。嫡子でない支子(しし)は祖先の祭りを主宰しない。

解説

前半は国家財政の原則、後半は喪葬の等差を定める。予算は収穫がすべて入った年末に、三十年の平均をもとに立て、「入るを量りて以て出ずるを為す」。この句は収入の範囲で支出を決めるという財政の鉄則として、今も成語として生きている。鄭玄は、国用を制するとは漢の度支の経用のようなものだと注し、三十年を通算すれば九年分の蓄えができると説く。九年の蓄えがなければ不足、三年もなければ国ではないという基準は厳しいが、凶作の年に民を飢えさせないための備えである。天子が食事に音楽を奏させるのは、民に菜色がなくなってからだという順序にも、上に立つ者の心構えが表れている。後半では、殯と葬の日数を尊い者ほど長くし、三年の喪は天子から庶人まで同じとする。鄭玄は、喪は衣衾棺椁など死者の身分に従い、祭りは供物の器など生者の身分に従うと注する。収入に見合った支出と、非常時への蓄えという原則は、家計にも企業の経営にもそのまま当てはまる。

この章句が説くこと

礼記王制財政蓄え喪礼

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