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礼記 / 檀弓下

二名不偏諱,夫子之母名徵在;言在不稱徵,言徵不稱在。 軍有憂,則素服哭於庫門之外,赴車不載櫜韔。 有焚其先人之室,則三日哭。故曰:「新宮火,亦三日哭。」

新字:二名不偏諱,夫子之母名徴在;言在不称徴,言徴不称在。 軍有憂,則素服哭於庫門之外,赴車不載櫜韔。 有焚其先人之室,則三日哭。故曰:「新宮火,亦三日哭。」

書き下し

二名は偏(ひとえ)には諱まず。夫子の母の名は徴在(ちょうざい)なり。在と言えば徴と称せず、徴と言えば在と称せず。 軍に憂い有れば、則ち素服して庫門の外に哭す。赴車(ふしゃ)には櫜韔(こうちょう)を載せず。 其の先人の室を焚(や)くこと有れば、則ち三日哭す。故に曰く、「新宮火あり、亦た三日哭す」と。

現代語訳

名が二字である場合、その一字ずつを別々に避ける必要はない。孔子の母の名は徴在(ちょうざい)であった。孔子は「在」の字を言うときには「徴」の字を続けて言わず、「徴」の字を言うときには「在」の字を続けて言わなかった(二字を並べて言うことだけを避けた)。 軍が敵に敗れたときは、白い喪の冠と服を着けて、宮城の庫門の外で哭する。敗報を告げる車には、鎧の袋(櫜、こう)や弓の袋(韔、ちょう)を積まない。 先祖を祀る廟が焼けたときには、三日間哭する。だから(『春秋』に)「新宮に火災があり、三日間哭した」とあるのである。

解説

名の忌み方と、国の不幸に際しての哭礼を記した段である。二字の名は一字ずつ避けなくてよいとする原則を、孔子の母の徴在の名で例示する。鄭玄は、すべてを避けるのは難しいからだと注する。諱は死者への敬意だが、日常の言葉が使えなくなるほど厳しくしては生活が成り立たない。敬意と実用の折り合いをつけたのである。軍が敗れたときに喪服で哭するのは、敗戦を国の喪と見なすからである。敗報の車に鎧袋や弓袋を積まない理由を、鄭玄は、兵器を収めずにおくことで、必ず報復するという意志を示すのだと注する。敗れても戦いを終わらせない決意を、物の配置で表すのである。先祖の廟が焼けて三日哭するのは、祖霊が損なわれたことを哀しむためで、『春秋』成公三年の新宮の火災がその例である。人の死だけでなく、敗北や祖先の家の喪失も喪として受け止める。失ったものをきちんと悼むことが、次に立ち上がるための区切りにもなる。

この章句が説くこと

礼記諱孔子敗戦喪礼

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