礼記 / 檀弓下
石駘仲卒,無適子,有庶子六人,卜所以為後者。曰:「沐浴佩玉則兆。」五人者皆沐浴佩玉;石祁子曰:「孰有執親之喪而沐浴佩玉者乎?」不沐浴佩玉。石祁子兆。衛人以龜為有知也。
新字:石駘仲卒,無適子,有庶子六人,卜所以為後者。曰:「沐浴佩玉則兆。」五人者皆沐浴佩玉;石祁子曰:「孰有執親之喪而沐浴佩玉者乎?」不沐浴佩玉。石祁子兆。衛人以亀為有知也。
書き下し
石駘仲(せきたいちゅう)卒す、適子(てきし)無く、庶子六人有り、後(のち)と為す所以の者を卜す。曰く、「沐浴し佩玉すれば則ち兆あらん」と。五人の者皆沐浴し佩玉す。石祁子(せききし)曰く、「孰か親の喪を執りて沐浴し佩玉する者有らんや」と。沐浴し佩玉せず。石祁子兆あり。衛人亀を以て知有りと為すなり。
現代語訳
衛の大夫石駘仲(せきたいちゅう)が亡くなったが、嫡子がなく、庶子が六人いたので、誰を跡継ぎにするかを亀の甲で占うことにした。占う者は「身を清めて玉を帯びれば、よい兆しが出るだろう」と言った。五人はみな湯あみをして玉を帯びた。ところが石祁子(せききし)は「親の喪に服している者が、湯あみをして玉を飾るなどということがあろうか」と言って、湯あみもせず玉も帯びなかった。すると石祁子に吉の兆しが出た。衛の人々は、亀には物事を見分ける知恵があると思った。
解説
跡継ぎを亀卜で決めた家の逸話である。占いの前に身を清めて玉を帯びれば吉兆が得られると言われ、五人の庶子はそれに従った。鄭玄は、斎戒して身を清めれば吉兆を得るという意味だと注する。ところが石祁子だけは、親の喪にある者が湯あみして玉を飾るのは礼に背くとして従わなかった。そして亀は、その石祁子を選んだ。自分に有利な兆しを得たいという欲から形だけ整えた五人と、たとえ不利になっても喪の礼を守った一人が対比されている。記者は「衛人亀を以て知有りと為す」と結ぶ。占いの当否よりも、人々がこの結果を正しいと感じたことに意味がある。跡継ぎに求められるのは、得をするための振る舞いより、親を悼む心をまっすぐに守る人柄だという考えである。評価や選考の場で、選ばれるための演出に走るか、自分の筋を通すか。いまの就職や昇進の場面でも、しばしば同じ問いが突きつけられる。
この章句が説くこと
礼記喪礼跡継ぎ占い誠実
関連する章句
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
-
徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
-
論語・為政篇子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無しと。
-
史記 儒林列伝申公之を恥ぢ、魯に帰り、退きて家に居りて教へ、終身門を出でず、復た賓客を謝絶し、独り王命之を召せば乃ち往く。弟子遠方より至りて業を受くる者百余人。申公独り詩経を以て訓と為して以て教ふ、伝無し、疑はしき者は則ち闕きて伝へず。
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に実無きは、不詳(ふしやう)なり。不詳の実は、賢を蔽ふ者之に当たる。」
-
尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る