礼記 / 檀弓上
有虞氏瓦棺,夏后氏堲周,殷人棺椁,周人牆置翣。周人以殷人之棺椁葬長殤,以夏后氏之堲周葬中殤、下殤,以有虞氏之瓦棺葬無服之殤。 夏后氏尚黑:大事斂用昏,戎事乘驪,牲用玄。殷人尚白:大事斂用日中,戎事乘翰,牲用白。周人尚赤:大事斂用日出,戎事乘騵,牲用騂。
新字:有虞氏瓦棺,夏后氏堲周,殷人棺椁,周人牆置翣。周人以殷人之棺椁葬長殤,以夏后氏之堲周葬中殤、下殤,以有虞氏之瓦棺葬無服之殤。 夏后氏尚黒:大事斂用昏,戎事乗驪,牲用玄。殷人尚白:大事斂用日中,戎事乗翰,牲用白。周人尚赤:大事斂用日出,戎事乗騵,牲用騂。
書き下し
有虞氏は瓦棺、夏后氏は堲周(しょくしゅう)、殷人は棺椁(かんかく)、周人は牆置翣(しょうちそう)。周人は殷人の棺椁を以て長殤(ちょうしょう)を葬り、夏后氏の堲周を以て中殤・下殤を葬り、有虞氏の瓦棺を以て無服の殤を葬る。 夏后氏は黒を尚(たっと)ぶ。大事の斂(れん)には昏を用い、戎事には驪(り)に乗り、牲には玄を用う。殷人は白を尚ぶ。大事の斂には日中を用い、戎事には翰(かん)に乗り、牲には白を用う。周人は赤を尚ぶ。大事の斂には日出を用い、戎事には騵(げん)に乗り、牲には騂(せい)を用う。
現代語訳
有虞氏(舜の時代)は焼き物の棺を用い、夏后氏(夏王朝)は焼いた土で棺の周りを囲み、殷の人は内棺と外棺を用い、周の人はさらに棺を覆う帷(柳)を設け翣(棺の飾りの扇)を立てた。周の人は、殷の内棺・外棺の法で長殤(十六〜十九歳で死んだ子)を葬り、夏の焼き土で囲む法で中殤・下殤(十二〜十五歳、八〜十一歳で死んだ子)を葬り、有虞氏の焼き物の棺で無服の殤(八歳未満で死に、喪服を着けない子)を葬った。 夏后氏は黒を尊んだ。喪の大事である納棺は日暮れに行い、戦には黒馬に乗り、犠牲には黒い牲を用いた。殷の人は白を尊んだ。納棺は日中に行い、戦には白馬に乗り、犠牲には白い牲を用いた。周の人は赤を尊んだ。納棺は日の出に行い、戦には腹の白い赤馬に乗り、犠牲には赤い牲を用いた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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