礼記 / 曲礼下
問天子之年,對曰「聞之,始服衣若干尺矣。」;問國君之年,長曰「能從宗廟、社稷之事矣」,幼曰:「未能從宗廟、社稷之事也」;問大夫之子,長曰「能御矣」,幼曰「未能御也」;問士之子,長曰「能典謁矣」,幼曰:「未能典謁也」;問庶人之子,長曰「能負薪矣」,幼曰「未能負薪也」。
新字:問天子之年,対曰「聞之,始服衣若干尺矣。」;問国君之年,長曰「能従宗廟、社稷之事矣」,幼曰:「未能従宗廟、社稷之事也」;問大夫之子,長曰「能御矣」,幼曰「未能御也」;問士之子,長曰「能典謁矣」,幼曰:「未能典謁也」;問庶人之子,長曰「能負薪矣」,幼曰「未能負薪也」。
書き下し
天子の年を問えば、対(こた)えて曰く「これを聞く、始めて衣若干尺を服す」と。国君の年を問えば、長ずれば曰く「能く宗廟・社稷の事に従う」と、幼ければ曰く「未だ宗廟・社稷の事に従うこと能わず」と。大夫の子を問えば、長ずれば曰く「能く御す」と、幼ければ曰く「未だ御すること能わず」と。士の子を問えば、長ずれば曰く「能く謁を典(つかさど)る」と、幼ければ曰く「未だ謁を典ること能わず」と。庶人の子を問えば、長ずれば曰く「能く薪を負う」と、幼ければ曰く「未だ薪を負うこと能わず」と。
現代語訳
天子の年齢を尋ねられたなら、「聞くところでは、ようやく衣を何尺の丈でお召しになるようになったとのことです」と答える。国君(諸侯)の年齢を尋ねられたなら、成長していれば「宗廟(祖先の廟)や社稷(土地と穀物の神)の祭りに携わることがおできになります」と答え、幼ければ「まだ宗廟や社稷の祭りに携わることはおできになりません」と答える。大夫の子について尋ねられたなら、成長していれば「車を御することができます」、幼ければ「まだ車を御することはできません」と答える。士の子について尋ねられたなら、成長していれば「来客の取り次ぎを務めることができます」、幼ければ「まだ取り次ぎを務めることはできません」と答える。庶人の子について尋ねられたなら、成長していれば「薪を背負うことができます」、幼ければ「まだ薪を背負うことはできません」と答える。
解説
この章句が説くこと
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礼記・曲礼下国君の富を問えば、地を数えて以て対え、山沢の出だす所をもってす。大夫の富を問えば、曰く「宰有り、力を食(は)み、祭器・衣服仮らず」と。士の富を問えば、車の数を以て対う。庶人の富を問えば、畜を数えて以て対う。 天子は天地を祭り、四方を祭り、山川を祭り、五祀を祭り、歳ごとに遍(あまね)くす。諸侯は方祀し、山川を祭り、五祀を祭り、歳ごとに遍くす。大夫は五祀を祭り、歳ごとに遍くす。士は其の先を祭る。
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礼記・少儀抜来(ばつらい)すること毋かれ、報往(ふおう)すること毋かれ、神を瀆(けが)すこと毋かれ、枉(まが)れるに循(したが)うこと毋かれ、未だ至らざるを測ること毋かれ。士は徳に依り、芸に游ぶ。工は法に依り、説に游ぶ。衣服成器を訾(はか)ること毋かれ、身ずから言語を質(な)すこと毋かれ。言語の美は、穆穆皇皇(ぼくぼくこうこう)。朝廷の美は、済済翔翔(せいせいしょうしょう)。祭祀の美は、斉斉皇皇。車馬の美は、匪匪翼翼(ひひよくよく)。鸞和(らんか)の美は、粛粛雍雍(しゅくしゅくようよう)。国君の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く社稷の事に従えり」と曰い、幼なれば、則ち「能く御す」「未だ御すること能わず」と曰う。大夫の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く楽人の事に従えり」と曰い、幼なれば、則ち「能く楽人に正さる」「未だ楽人に正さるること能わず」と曰う。士の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く耕せり」と曰い、幼なれば、則ち「能く薪を負う」「未だ薪を負うこと能わず」と曰う。玉を執り亀策を執るには趨らず、堂上には趨らず、城上には趨らず。武車には式せず、介者は拝せず。
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礼記・曲礼上夫れ人の子為る者は、出づるには必ず告げ、反(かえ)りては必ず面(まみ)ゆ。遊ぶ所必ず常有り、習う所必ず業有り。恒言に老を称せず。年長じて以て倍すれば則ちこれに父事し、十年以て長ずれば則ちこれに兄事し、五年以て長ずれば則ちこれに肩随す。群居すること五人なれば、則ち長者は必ず席を異にす。
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礼記・曲礼上人生まれて十年を幼と曰い、学ぶ。二十を弱と曰い、冠す。三十を壮と曰い、室有り。四十を強と曰い、而して仕う。五十を艾(がい)と曰い、官政に服す。六十を耆(き)と曰い、指使す。七十を老と曰い、而して伝う。八十・九十を耄(ぼう)と曰い、七年を悼(とう)と曰う。悼と耄とは、罪有りと雖も、刑を加えず。百年を期と曰い、頤(やしな)わる。
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礼記・曲礼下天子を視るには袷(こう)より上らず、帯より下らず。国君には綏(だ)視し、大夫には衡視し、士には五歩を視る。凡そ視ること、面より上れば則ち敖(おご)り、帯より下れば則ち憂え、傾くれば則ち姦(かん)なり。 君命ずれば、大夫と士と肄(なら)う。官に在りては官を言い、府に在りては府を言い、庫に在りては庫を言い、朝に在りては朝を言う。朝には言犬馬に及ばず。朝を輟(や)めて顧みるは、異事有らずんば、必ず異慮有り。故に朝を輟めて顧みるは、君子これを固と謂う。朝に在りては礼を言い、礼を問えば、対うるに礼を以てす。
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礼記・曲礼下国君は卿老・世婦を名いわず、大夫は世臣・姪(てつ)・娣(てい)を名いわず、士は家相・長妾を名いわず。君・大夫の子は、敢えて自ら称して「余小子」と曰わず。大夫・士の子は、敢えて自ら称して「嗣子某」と曰わず、敢えて世子と名を同じくせず。 君、士をして射せしむるに、能わざれば、則ち辞するに疾を以てす。言いて曰く、「某に負薪の憂い有り」と。
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