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礼記 / 曲礼下

大夫、士見於國君,君若勞之,則還辟,再拜稽首。君若迎拜,則還辟,不敢荅拜。大夫、士相見,雖貴賤不敵,主人敬客,則先拜客;客敬主人,則先拜主人。凡非弔喪,非見國君,無不荅拜者。大夫見於國君,國君拜其辱;士見於大夫,大夫拜其辱;同國始相見,主人拜其辱。君於士,不荅拜也;非其臣,則荅拜之。大夫於其臣,雖賤,必荅拜之。男女相荅拜也。

新字:大夫、士見於国君,君若労之,則還辟,再拝稽首。君若迎拝,則還辟,不敢荅拝。大夫、士相見,雖貴賤不敵,主人敬客,則先拝客;客敬主人,則先拝主人。凡非弔喪,非見国君,無不荅拝者。大夫見於国君,国君拝其辱;士見於大夫,大夫拝其辱;同国始相見,主人拝其辱。君於士,不荅拝也;非其臣,則荅拝之。大夫於其臣,雖賤,必荅拝之。男女相荅拝也。

書き下し

大夫・士、国君に見(まみ)ゆるに、君若しこれを労(ねぎら)えば、則ち還辟(かんぺき)し、再拝稽首す。君若し迎えて拝すれば、則ち還辟し、敢えて答拝せず。大夫・士相見ゆるに、貴賤敵(かな)わずと雖も、主人客を敬すれば、則ち先ず客を拝し、客主人を敬すれば、則ち先ず主人を拝す。凡そ喪を弔するに非ず、国君に見ゆるに非ざれば、答拝せざる者無し。大夫国君に見ゆれば、国君其の辱(かたじけな)きを拝す。士大夫に見ゆれば、大夫其の辱きを拝す。同国にて始めて相見ゆれば、主人其の辱きを拝す。君は士に於いて、答拝せざるなり。其の臣に非ざれば、則ちこれに答拝す。大夫は其の臣に於いて、賤しと雖も、必ずこれに答拝す。男女は相答拝するなり。

現代語訳

大夫や士が国君にお目通りしたとき、君がねぎらいの言葉をかければ、身をめぐらせて退き、二度拝して額を地につける礼をする。君が出迎えて拝礼すれば、身をめぐらせてそれを避け、答礼の拝はしない。大夫や士どうしが会うときは、身分に差があっても、主人が客を敬うなら主人が先に客を拝し、客が主人を敬うなら客が先に主人を拝する。およそ喪家を弔問するときと国君にお目通りするときを除けば、拝礼を受けて答礼の拝をしない者はいない。大夫が国君にお目通りすれば、国君はわざわざ来てくれたことを拝謝する。士が大夫に会いに来れば、大夫はわざわざ来てくれたことを拝謝する。同じ国の者が初めて会うときは、主人が来訪を拝謝する。君は自分の臣である士には答礼の拝をしない。自分の臣でない士に対しては答礼の拝をする。大夫は自分の家臣に対しては、身分が低くても必ず答礼の拝をする。男女は互いに答礼の拝をし合う。

解説

拝礼をどちらが先にし、どちらが答えるかという、会見のときの拝の作法を定めた段である。基本は「答拝せざる者無し」、すなわち拝礼を受けたら必ず拝を返すことで、礼が一方通行でない相互のやりとりであることを示している。例外は喪の弔問と国君への謁見で、弔問では喪主の悲しみを思って答拝を求めず、国君に対しては臣が君の拝を受けるのをはばかって避ける。身分に差があっても、敬う気持ちのある側が先に拝するという規定は、礼が形式的な上下関係だけで決まるものではなく、相手を敬う心の向きで動くことを示している。大夫や士が会いに来れば、迎える側が「辱きを拝す」、すなわちわざわざ足を運んでくれたことに礼を言うのも印象的である。君は自分の臣の士には答拝しないが、大夫は家臣が身分低くとも必ず答拝するという違いは、立場によって礼の厚さを調えているのである。訪ねてくれた人にまず礼を言うという心得は、今の来客応対にもそのまま通じる。

この章句が説くこと

礼記拝礼答拝主客曲礼

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