遠羅天釜 / 『遠羅天釜』跋 出版の経緯を記す
先佛遺言赫乎三藏存焉乃祖玄旨炳然五燈傳焉蓋自利利他自不能不然也於戲如此書明辨觀縷不墜先規可謂未聞之聞也讃之則大虛生翳謗之則巨海起漚余亦何言其或附諸炬或上諸紙其跡雖異其道一也何則法門威儀唯此是勤向近驛二三白衣語余曰頃聞師有示徒之長書我曹觀覽無便且有嫌乎謄寫冀戮力錄諸梓以令住菴精修之諸子免吮墨之勞余曰善哉如有政雖不吾用吾其與聞之於是乎跋焉寬延己巳仲春參學小比丘慧梁焚香稽首書千芙蓉峰下
新字:先仏遺言赫乎三蔵存焉乃祖玄旨炳然五灯伝焉蓋自利利他自不能不然也於戯如此書明弁観縷不墜先規可謂未聞之聞也讃之則大虚生翳謗之則巨海起漚余亦何言其或附諸炬或上諸紙其跡雖異其道一也何則法門威儀唯此是勤向近駅二三白衣語余曰頃聞師有示徒之長書我曹観覧無便且有嫌乎謄写冀戮力録諸梓以令住菴精修之諸子免吮墨之労余曰善哉如有政雖不吾用吾其与聞之於是乎跋焉寛延己巳仲春参学小比丘慧梁焚香稽首書千芙蓉峰下
書き下し
先佛の遺言は赫乎として三藏に存し、乃祖の玄旨は炳然として五燈に傳はる。蓋し自利利他、自ら然らざること能はざるなり。於戲、此くの如き書は、明辨觀縷して、先規を墜とさず、未聞の聞と謂ふべし。之を讃ずれば則ち大虛に翳を生じ、之を謗れば則ち巨海に漚を起こす。余亦た何をか言はん。其の或いは諸を炬に附し、或いは諸を紙に上すも、其の跡は異なると雖も、其の道は一なり。何となれば、法門の威儀は唯だ此れ是れ勤むればなり。向に近驛の二三の白衣、余に語りて曰く、「頃ろ聞く、師に徒に示す長書有りと。我が曹、觀覽するに便無し。且つ謄寫を嫌ふこと有らんか。冀はくは力を戮せて諸を梓に錄し、以て住菴精修の諸子をして墨を吮ふの勞を免れしめよ」と。余曰く、「善きかな。政有るが如きは、吾を用ひずと雖も、吾其れ之を與り聞かん」と。是に於いて跋す。寬延己巳仲春、參學小比丘慧梁、香を焚き稽首して、千芙蓉峰下に書す。
現代語訳
先仏の遺言は、三蔵(経・律・論)に赫々として存し、祖師方の玄妙な旨は、五灯(禅宗の灯史)に明らかに伝わっている。思うに、自らを利し他を利することは、おのずとそうならざるを得ないのである。ああ、この書のように、明らかに弁じ、糸を縷のように細かく観察して、先人の規範を損なわないものは、未だ聞かざる聞というべきである。これをほめれば大空に翳りを生じ、これをそしれば大海に泡を起こすようなものであって、私もまた何を言おうか。ある者は灯火に託し、ある者は紙に上すと、その跡は異なっても、その道は一つである。なぜかといえば、法門の威儀はただこれを努めることだからである。先ごろ、近くの宿場の二、三人の在家の人が私に語って言った。「近ごろ聞くところでは、師には弟子たちに示した長い書があるという。私どもは観覧するのに便がなく、しかも書き写すのを煩わしく思う。どうか力を合わせてこれを版木に刻み、庵に住んで精進して修行する諸子が、筆写で墨を吸う労を免れるようにしてほしい。」私は言った。「よいことである。論語に「政に与ることがあれば、私が用いられなくとも、必ず相談にはあずかるだろう」とある。そのように、及ばずながら私も関わろう。」そこで跋を記す。寛延二年己巳の仲春、参学の小比丘慧梁が、香を焚き稽首して、千芙蓉峰のもとで書く。
解説

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