遠羅天釜 / 『遠羅天釜』書簡の結びと国を安んずる願い
專使一昨烏急に回鞭を執る貴答を裁するに暇あらず頻りに廢禮の緩怠を恐る幸にして昨日宜顯廬原に歸る事を告歎踊に堪へず押へ留めて鄙酬を修す睡らざる者一夜晩陰より書して天明に至れば醜書既に五百行を得るといへども猶情實を盡す事能はず老來諳記の力無ふして前に書しけるを後又書し始め演けるを終りに亦演字々烏焉多く行々魯魚の差いあれども再看するに暇あらず裁封して顯か歸袖に附す恰かも楚鷄を籠て丹山の鳳なりと稱して王侯に進むる者に似たり電照の後請ふ丙丁童に與へて彼をして秘重せしめ給へ若又書中取るべき處あらば再たひ淸書して以て進獻せん幕下書記の人々に命じて繕寫三五冊年少穎發し近習三五輩及び和田國堅が輩らに分ち與へて時々に熟讀せしめ閑暇の日は幕下の股肱堤中澤の人々及び故老の舊臣良醫六七輩を召され圍み坐して聽受せしめ幕下も亦蒲團上に且つ聽且つ睡つて道情を保養し給ひ半日の餘閑を樂み給はゞ法喜禪悅の境致自然に現前して四王忉利の歡樂夜摩兜率の勝界も亦羨むに足らず況や世間穢濁充滿の晏會輕浮傲奢の逸遊八音耳を蕩かし萬舞眼を昏す底の無慚無愧の幻戲をや豈に顧るに足んや此趣を以て能々勘辨これ有て近習をも外樣をも我八萬の大衆なりと思ぼして密々に誘引し給はゞいつしか上求菩提下化衆生の本願に契つて塵中衣冠希有の善知識誰か知らん劍を帶し鞍馬に跨つて往來しながら時々に諸佛無上の法輪を轉じ給はんとは然らば則ち强將下に弱兵なしと申す事の侍れば龜氏慶喜身子滿慈等の有力の武臣は野村田村等の人々を初め旗下には幾人も出來侍るべし萬一天下の事故あらんに大將も諸卒も通身一箇の眞元氣百騎を卒して萬騎に對すと雖ども從來生ある事を見ず豈にそれ死あるべけんや恰かも鐵石を突立て行が如し靜かなる事山嶽の如く疾事飈風の如し向ふ處破らずと云事なく觸る處碎かずと云事なし譬へば保元平治の亂軍中に在とも無人の曠野に立が如けんそれこれ之を眞の丈夫の志氣と云ふ君恩と法恩と並べ流て士卒を撫す誰が幕下の爲に身命を惜まんや生死の恐るべき無れば涅槃の求むべきなし十方を目前に消融し三世を一念子に貫通す皆是かの正念工夫の力に依れりかくの如くなる時は士敬し民懷き君仁に臣正し農に餘の粟あり婦に餘の布あつて上下こも〱道を好んで國脈泰山の安きが如く萬世を經て衰滅なけん然らば則ち人間天上の善果これに如べからず宰官身得度者即現宰官身の大士は豈にそれ異人ならんや穴賢延享第五戊辰曆仲夏二十五覺沙羅樹下闍提老衲書
新字:専使一昨烏急に回鞭を執る貴答を裁するに暇あらず頻りに廃礼の緩怠を恐る幸にして昨日宜顕廬原に帰る事を告嘆踊に堪へず押へ留めて鄙酬を修す睡らざる者一夜晩陰より書して天明に至れば醜書既に五百行を得るといへども猶情実を尽す事能はず老来諳記の力無ふして前に書しけるを後又書し始め演けるを終りに亦演字々烏焉多く行々魯魚の差いあれども再看するに暇あらず裁封して顕か帰袖に附す恰かも楚鶏を籠て丹山の鳳なりと称して王侯に進むる者に似たり電照の後請ふ丙丁童に与へて彼をして秘重せしめ給へ若又書中取るべき処あらば再たひ清書して以て進献せん幕下書記の人々に命じて繕写三五冊年少穎発し近習三五輩及び和田国堅が輩らに分ち与へて時々に熟読せしめ閑暇の日は幕下の股肱堤中沢の人々及び故老の旧臣良医六七輩を召され囲み坐して聴受せしめ幕下も亦蒲団上に且つ聴且つ睡つて道情を保養し給ひ半日の余閑を楽み給はゞ法喜禅悦の境致自然に現前して四王忉利の歓楽夜摩兜率の勝界も亦羨むに足らず況や世間穢濁充満の晏会軽浮傲奢の逸遊八音耳を蕩かし万舞眼を昏す底の無慚無愧の幻戯をや豈に顧るに足んや此趣を以て能々勘弁これ有て近習をも外様をも我八万の大衆なりと思ぼして密々に誘引し給はゞいつしか上求菩提下化衆生の本願に契つて塵中衣冠希有の善知識誰か知らん剣を帯し鞍馬に跨つて往来しながら時々に諸仏無上の法輪を転じ給はんとは然らば則ち強将下に弱兵なしと申す事の侍れば亀氏慶喜身子満慈等の有力の武臣は野村田村等の人々を初め旗下には幾人も出来侍るべし万一天下の事故あらんに大将も諸卒も通身一箇の真元気百騎を卒して万騎に対すと雖ども従来生ある事を見ず豈にそれ死あるべけんや恰かも鉄石を突立て行が如し静かなる事山嶽の如く疾事飈風の如し向ふ処破らずと云事なく触る処砕かずと云事なし譬へば保元平治の乱軍中に在とも無人の曠野に立が如けんそれこれ之を真の丈夫の志気と云ふ君恩と法恩と並べ流て士卒を撫す誰が幕下の為に身命を惜まんや生死の恐るべき無れば涅槃の求むべきなし十方を目前に消融し三世を一念子に貫通す皆是かの正念工夫の力に依れりかくの如くなる時は士敬し民懐き君仁に臣正し農に余の粟あり婦に余の布あつて上下こも〱道を好んで国脈泰山の安きが如く万世を経て衰滅なけん然らば則ち人間天上の善果これに如べからず宰官身得度者即現宰官身の大士は豈にそれ異人ならんや穴賢延享第五戊辰暦仲夏二十五覚沙羅樹下闍提老衲書
書き下し
專使一昨烏急に回鞭を執る貴答を裁するに暇あらず頻りに廢禮の緩怠を恐る幸にして昨日宜顯廬原に歸る事を告歎踊に堪へず押へ留めて鄙酬を修す睡らざる者一夜晩陰より書して天明に至れば醜書既に五百行を得るといへども猶情實を盡す事能はず老來諳記の力無ふして前に書しけるを後又書し始め演けるを終りに亦演字々烏焉多く行々魯魚の差いあれども再看するに暇あらず裁封して顯か歸袖に附す恰かも楚鷄を籠て丹山の鳳なりと稱して王侯に進むる者に似たり電照の後請ふ丙丁童に與へて彼をして秘重せしめ給へ若又書中取るべき處あらば再たひ淸書して以て進獻せん幕下書記の人々に命じて繕寫三五冊年少穎發し近習三五輩及び和田國堅が輩らに分ち與へて時々に熟讀せしめ閑暇の日は幕下の股肱堤中澤の人々及び故老の舊臣良醫六七輩を召され圍み坐して聽受せしめ幕下も亦蒲團上に且つ聽且つ睡つて道情を保養し給ひ半日の餘閑を樂み給はゞ法喜禪悅の境致自然に現前して四王忉利の歡樂夜摩兜率の勝界も亦羨むに足らず況や世間穢濁充滿の晏會輕浮傲奢の逸遊八音耳を蕩かし萬舞眼を昏す底の無慚無愧の幻戲をや豈に顧るに足んや此趣を以て能々勘辨これ有て近習をも外樣をも我八萬の大衆なりと思ぼして密々に誘引し給はゞいつしか上求菩提下化衆生の本願に契つて塵中衣冠希有の善知識誰か知らん劍を帶し鞍馬に跨つて往來しながら時々に諸佛無上の法輪を轉じ給はんとは然らば則ち强將下に弱兵なしと申す事の侍れば龜氏慶喜身子滿慈等の有力の武臣は野村田村等の人々を初め旗下には幾人も出來侍るべし萬一天下の事故あらんに大將も諸卒も通身一箇の眞元氣百騎を卒して萬騎に對すと雖ども從來生ある事を見ず豈にそれ死あるべけんや恰かも鐵石を突立て行が如し靜かなる事山嶽の如く疾事飈風の如し向ふ處破らずと云事なく觸る處碎かずと云事なし譬へば保元平治の亂軍中に在とも無人の曠野に立が如けんそれこれ之を眞の丈夫の志氣と云ふ君恩と法恩と並べ流て士卒を撫す誰が幕下の爲に身命を惜まんや生死の恐るべき無れば涅槃の求むべきなし十方を目前に消融し三世を一念子に貫通す皆是かの正念工夫の力に依れりかくの如くなる時は士敬し民懷き君仁に臣正し農に餘の粟あり婦に餘の布あつて上下こも〱道を好んで國脈泰山の安きが如く萬世を經て衰滅なけん然らば則ち人間天上の善果これに如べからず宰官身得度者即現宰官身の大士は豈にそれ異人ならんや穴賢延享第五戊辰曆仲夏二十五覺沙羅樹下闍提老衲書
現代語訳
使者は一昨日、急に帰りの鞭を取られ、お答えを書く暇もなく、礼を欠く怠りをしきりに恐れていた。幸いにも昨日、宜顕が廬原に帰るという知らせがあり、喜びに堪えず、引き留めて拙い返事をしたためた。眠らぬ者がひと夜、日暮れから書いて夜明けに至ると、見苦しい文書はすでに五百行に達したが、なお思いを尽くすことができない。老いて記憶の力がなく、前に書いたことをまた書き始め、述べたことをまた終わりに述べ、文字には烏と焉、魯と魚の誤りが多いが、読み返す暇もない。封をして宜顕の帰路の袖に託す。あたかも楚の鶏を籠に入れて、丹山の鳳凰だと称して王侯に進める者に似ている。ご覧になった後は、どうか丙丁童子に与えて、秘して大切にさせてください。もしまた書中に取るべきところがあれば、再び清書して献上しよう。幕下の書記の人々に命じて、三、五冊を書き写し、年少で才能ひらめく近習三、五人および和田国堅らに分け与えて、時々熟読させ、閑暇の日には、幕下の股肱である堤中沢の人々、および故老の旧臣、良医の六、七人を召して、囲み坐らせて聴き受けさせ、幕下もまた座布団の上で、聴きつつ眠って道情を保養し、半日の余暇を楽しまれるなら、法喜禅悦の境地がおのずから現れ、四王天・忉利天の歓楽、夜摩天・兜率天の勝れた世界もうらやむに足りない。まして世間の穢れ濁りに満ちた宴会、軽薄で驕り高ぶった遊興、八音が耳を揺るがし万舞が眼をくらます恥知らずの幻の戯れなど、顧みるに値しようか。この趣旨によってよくよく思案をめぐらし、近習をも外様をも、私の八万の大衆と思って、ひそかに誘い導きなさるなら、いつしか上求菩提・下化衆生の本願にかない、塵中の衣冠のまれな善知識として、誰が知ろうか、剣を帯び鞍馬にまたがって往来しながら、時々に諸仏無上の法輪を転じておられるとは。そうであれば、「強い将の下に弱い兵なし」ということがあるので、亀氏・慶喜・身子・満慈らのような有力の武臣が、野村・田村らの人々をはじめ、旗下に幾人も出てくるだろう。万一、天下に事故があった時、大将も諸卒も全身がひとつの真の元気となり、百騎を率いて万騎に対しても、これまで生があることを見たことがなく、どうして死があろうか。あたかも鉄石を突き立てて行くようである。静かなること山岳のごとく、疾きこと疾風のごとく、向かう所破らざるなく、触れる所砕かざるなし。たとえば保元・平治の乱軍の中にあっても、人のいない曠野に立つようであろう。これをこそ、真の大丈夫の志気という。君恩と法恩とを並べ流して士卒をいたわれば、誰が幕下のために身命を惜しもうか。生死に恐れるものがなければ、涅槃の求めるべきものもない。十方を目前に溶かし、三世を一念に貫く。みなあの正念工夫の力によるのである。このようになる時は、士は敬い民は慕い、君は仁に臣は正しく、農には余りの粟があり、婦には余りの布があって、上下ともども道を好み、国の命脈は泰山の安きのごとく、万世を経て衰え滅びることはなかろう。そうであれば、人間・天上の善果もこれに及ぶものはない。「宰官の身をもって得度すべき者には、すなわち宰官の身を現ず」という大士は、どうして別人であろうか。穴賢。延享五年戊辰、仲夏二十五日、沙羅樹下の闍提の老衲、書す。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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