遠羅天釜 / 『遠羅天釜』動中の試しと道情の願い
中古禪門の盛んなりし時正念工夫心掛け給ひし士大夫は公より退るの閑暇の日は如何にも健かなる士卒七八箇を從へ大馬に跨つて兩國淺艸などに等しき人立多る所を用有げに馳せ廻り給ひける由是は動中の工夫親疎如何得失如何を矯し試ん爲なりける由去程に蜷川新右衞門は鬪諍喧嘩の席に望みて大省力を得太田道觀は陣中に在て組布れながら和歌を詠じ正受老漢は其里へ狼の數限りもなく來り集つて饑をせし時に所々の墓原に七夜まで坐し明したりと是は彼等に頸筋耳の根など吹臭れんずる時に正念工夫相續間斷ありや否やを矯し試みん爲なりと申されき書寫の性空上人の常に悲歎し給ひけるは世念濃厚なれば道念輕微なり道念濃厚なれば世念輕微なりと宣ひきつら〱思ふに果しもなく管〱しき繰言披見も六箇布思すべき者を世念濃厚に書綴けたるに似たれども鵠林半死の殘喘長庚曉月賴みなき命に何の不足の處有てか尾を搖かして憐みを乞んや寵遇を權勢の門に栽るにし非ず聲名を世波の底に釣るにし侍らず是を序に人々の道情をも助けよがし法門無量誓願學と申す事の侍れば菴居の人々の他後法施の一助ともなれかし且千兵は得易く一將は求め難しと申す事も侍れば書中少にても取べき處あつて幕下の道情をも助け增して禪學成熟し給はゞその餘波必ず左右の人々に及ばん左右若其恩波に浴せば其澤必ず一城の人々に及ばん一城若その恩波に浴せば其澤必ず一國の人々に及ばん何が故ぞ一人の心は千萬人の心なる故に終に天下國家に及ぼし上王化を佐け下庶民を利せん然らば則ち宇宙の間那箇の盛事か是に如んやこれ老僧が生平の微志なり若然らずんば何の追從にか終夜孤燈を挑げ老眼を摩挲して果しもなき問ず語りを繰返し〱書送り侍るべきや道理ある事に思さば捨置ず熟讀し給ひて內觀養生の秘術に契ひ給ひ心身共に壯健にして速かに參禪得力團地一下の歡喜をも得給へがし次に願くは此內觀の加被力に依て武內の宿禰浦島子が長壽をも保ち給ひ上天下の政事をも輔けて萬民を憐撫し內法寶を衞護し飽まで法喜禪悅の樂を究めて法成就にも至り給へがしと思ふ許りの寸志にて侍り
新字:中古禅門の盛んなりし時正念工夫心掛け給ひし士大夫は公より退るの閑暇の日は如何にも健かなる士卒七八箇を従へ大馬に跨つて両国浅艸などに等しき人立多る所を用有げに馳せ廻り給ひける由是は動中の工夫親疎如何得失如何を矯し試ん為なりける由去程に蜷川新右衛門は闘諍喧嘩の席に望みて大省力を得太田道観は陣中に在て組布れながら和歌を詠じ正受老漢は其里へ狼の数限りもなく来り集つて饑をせし時に所々の墓原に七夜まで坐し明したりと是は彼等に頸筋耳の根など吹臭れんずる時に正念工夫相続間断ありや否やを矯し試みん為なりと申されき書写の性空上人の常に悲嘆し給ひけるは世念濃厚なれば道念軽微なり道念濃厚なれば世念軽微なりと宣ひきつら〱思ふに果しもなく管〱しき繰言披見も六箇布思すべき者を世念濃厚に書綴けたるに似たれども鵠林半死の残喘長庚暁月頼みなき命に何の不足の処有てか尾を揺かして憐みを乞んや寵遇を権勢の門に栽るにし非ず声名を世波の底に釣るにし侍らず是を序に人々の道情をも助けよがし法門無量誓願学と申す事の侍れば菴居の人々の他後法施の一助ともなれかし且千兵は得易く一将は求め難しと申す事も侍れば書中少にても取べき処あつて幕下の道情をも助け增して禅学成熟し給はゞその余波必ず左右の人々に及ばん左右若其恩波に浴せば其沢必ず一城の人々に及ばん一城若その恩波に浴せば其沢必ず一国の人々に及ばん何が故ぞ一人の心は千万人の心なる故に終に天下国家に及ぼし上王化を佐け下庶民を利せん然らば則ち宇宙の間那箇の盛事か是に如んやこれ老僧が生平の微志なり若然らずんば何の追従にか終夜孤灯を挑げ老眼を摩挲して果しもなき問ず語りを繰返し〱書送り侍るべきや道理ある事に思さば捨置ず熟読し給ひて内観養生の秘術に契ひ給ひ心身共に壮健にして速かに参禅得力団地一下の歓喜をも得給へがし次に願くは此内観の加被力に依て武内の宿祢浦島子が長寿をも保ち給ひ上天下の政事をも輔けて万民を憐撫し内法宝を衛護し飽まで法喜禅悦の楽を究めて法成就にも至り給へがしと思ふ許りの寸志にて侍り
書き下し
中古禪門の盛んなりし時正念工夫心掛け給ひし士大夫は公より退るの閑暇の日は如何にも健かなる士卒七八箇を從へ大馬に跨つて兩國淺艸などに等しき人立多る所を用有げに馳せ廻り給ひける由是は動中の工夫親疎如何得失如何を矯し試ん爲なりける由去程に蜷川新右衞門は鬪諍喧嘩の席に望みて大省力を得太田道觀は陣中に在て組布れながら和歌を詠じ正受老漢は其里へ狼の數限りもなく來り集つて饑をせし時に所々の墓原に七夜まで坐し明したりと是は彼等に頸筋耳の根など吹臭れんずる時に正念工夫相續間斷ありや否やを矯し試みん爲なりと申されき書寫の性空上人の常に悲歎し給ひけるは世念濃厚なれば道念輕微なり道念濃厚なれば世念輕微なりと宣ひきつら〱思ふに果しもなく管〱しき繰言披見も六箇布思すべき者を世念濃厚に書綴けたるに似たれども鵠林半死の殘喘長庚曉月賴みなき命に何の不足の處有てか尾を搖かして憐みを乞んや寵遇を權勢の門に栽るにし非ず聲名を世波の底に釣るにし侍らず是を序に人々の道情をも助けよがし法門無量誓願學と申す事の侍れば菴居の人々の他後法施の一助ともなれかし且千兵は得易く一將は求め難しと申す事も侍れば書中少にても取べき處あつて幕下の道情をも助け增して禪學成熟し給はゞその餘波必ず左右の人々に及ばん左右若其恩波に浴せば其澤必ず一城の人々に及ばん一城若その恩波に浴せば其澤必ず一國の人々に及ばん何が故ぞ一人の心は千萬人の心なる故に終に天下國家に及ぼし上王化を佐け下庶民を利せん然らば則ち宇宙の間那箇の盛事か是に如んやこれ老僧が生平の微志なり若然らずんば何の追從にか終夜孤燈を挑げ老眼を摩挲して果しもなき問ず語りを繰返し〱書送り侍るべきや道理ある事に思さば捨置ず熟讀し給ひて內觀養生の秘術に契ひ給ひ心身共に壯健にして速かに參禪得力團地一下の歡喜をも得給へがし次に願くは此內觀の加被力に依て武內の宿禰浦島子が長壽をも保ち給ひ上天下の政事をも輔けて萬民を憐撫し內法寶を衞護し飽まで法喜禪悅の樂を究めて法成就にも至り給へがしと思ふ許りの寸志にて侍り
現代語訳
中古、禅門が盛んだったとき、正念工夫を心がけなさった士大夫は、公務から退く暇の日には、いかにも屈強な士卒を七、八人従え、大馬にまたがり、両国・浅草などのように人出の多い所を、用事ありげに駆け回りなさったという。これは、動中の工夫の、親しいか疎いか、いかに得失があるかを試すためであったという。そのため蜷川新右衛門は闘争・喧嘩の席に臨んで大きな省悟と力を得、太田道灌は陣中で組み伏せられながら和歌を詠じ、正受老漢は、その里へ狼が数限りなく来集して飢えていた時、所々の墓場に七夜まで坐り明かしたという。これは、あの狼に首筋や耳の根などを吹き嗅がれようとする時に、正念工夫の相続に間断があるかないかを試すためであった、とおっしゃった。書写山の性空上人がいつも悲しみ嘆きなさったのは、世念が濃厚であれば道念は軽微になり、道念が濃厚であれば世念は軽微になる、ということであった。つくづく思うに、果てしなく甲斐甲斐しい繰り言を、ご覧になるのも面倒に思われるであろうものを、世念濃厚に書き綴ったかのようであるが、鵠林の半ば死にかけた残りの息、暁の長庚星のような頼りない命に、何の不足があって尾を振って憐れみを乞おうか。権勢の門に寵愛を植えつけようというのでもなく、世間の波の底に名声を釣ろうというのでもない。これを機に、人々の道情をも助けたいのである。『法門は無量なり、誓って学ばん』ということがあるので、庵に住む人々が将来の法施の一助ともなれかし。また、「千の兵は得やすく一人の将は求めがたし」ということもあるので、書中の少しでも取るべきところがあって、幕下の道情を助け増し、禅学が成熟なさったなら、その余波は必ず左右の人々に及ぶだろう。左右の人々がもしその恩波に浴すれば、その恵みは必ず一城の人々に及ぶ。一城がもしその恩波に浴すれば、その恵みは必ず一国の人々に及ぶ。なぜか。一人の心は千万人の心だからである。ついには天下国家に及ぼして、上は王化を助け、下は庶民を利するだろう。そうであれば、宇宙の間、どんな盛事がこれにまさろうか。これは老僧の生平の微かな志である。そうでなければ、何の追従のために、夜通しひとつの灯火をかかげ、老眼をこすって、果てしない独り言を繰り返し書き送るだろうか。道理があると思われるなら、捨て置かず熟読なさって、内観養生の秘術にかない、心身とも壮健にして、すみやかに参禅の得力、団地一下の歓喜をも得なされよ。次に願わくは、この内観の加護の力によって、武内宿禰・浦島子の長寿をも保ちなさり、上は天下の政事を助けて万民を慈しみ、内は法宝を守り、とことん法喜禅悦の楽を究めて、悟りの成就にも至りなされよ、と思うばかりのささやかな志である。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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