遠羅天釜 / 『遠羅天釜』往生とは見性のことである
工夫も亦然り一人有り常に趙州の無の字を擧揚し一人有り常に專唱稱名せんに無の字を擧する人は工夫純ならず志念堅からずんば縱い擧して十年二十年を經るとも何の利益か有ん稱名の行者は打成一片に稱名し純一無雜に專唱して穢土を觀せず淨土を求めず一氣に進んで退かずんば五日三日乃至十日を待ずして三昧發得し佛智煥發して立地に往生の大事を決定せん往生とは何をか云や畢竟見性の一着なり經に曰く我國に生れんと十念唱へたらん人の我國に往生せずんば正覺を取らじと誓ひ玉ふ我が國とは何れの處ぞ目前歷歷たる底の本具の自性に非ずや見性の人に非ずんばたやすく見る事能はじ若然らずんば今時諸方淨業の人人日日にとなへ唱へて千念萬念千億萬念す然ふして往生の大事を決定する底は半箇も亦無し知らず無量壽尊正覺を取る事を廢し玉はんか殊に知らず一念直に是往生極樂國豈に十聲を待んや此故に佛の宣玉はく勇猛の衆生の爲には成佛一念に在り懈怠の衆生の爲には涅槃三祇に亘ると說玉へり若無の字と稱名と兩般の看を成ば須らく知るべし盡く是邪魔外道の種族なる事を悲む所は今時淨業の行者往往に諸佛の本志を知らず西方に佛在りとのみ信じて西方は自己の心源なりと云事を知らず念佛の功課に依て虚空を飛過して死後西方へ行んとのみ覺悟す一生苦吟して往生の素懷を遂る事能ばず殊に知らず十方佛土中唯有一乘法なる事を
新字:工夫も亦然り一人有り常に趙州の無の字を挙揚し一人有り常に専唱称名せんに無の字を挙する人は工夫純ならず志念堅からずんば縦い挙して十年二十年を経るとも何の利益か有ん称名の行者は打成一片に称名し純一無雑に専唱して穢土を観せず浄土を求めず一気に進んで退かずんば五日三日乃至十日を待ずして三昧発得し仏智煥発して立地に往生の大事を決定せん往生とは何をか云や畢竟見性の一着なり経に曰く我国に生れんと十念唱へたらん人の我国に往生せずんば正覚を取らじと誓ひ玉ふ我が国とは何れの処ぞ目前歴歴たる底の本具の自性に非ずや見性の人に非ずんばたやすく見る事能はじ若然らずんば今時諸方浄業の人人日日にとなへ唱へて千念万念千億万念す然ふして往生の大事を決定する底は半箇も亦無し知らず無量寿尊正覚を取る事を廃し玉はんか殊に知らず一念直に是往生極楽国豈に十声を待んや此故に仏の宣玉はく勇猛の衆生の為には成仏一念に在り懈怠の衆生の為には涅槃三祇に亘ると説玉へり若無の字と称名と両般の看を成ば須らく知るべし尽く是邪魔外道の種族なる事を悲む所は今時浄業の行者往往に諸仏の本志を知らず西方に仏在りとのみ信じて西方は自己の心源なりと云事を知らず念仏の功課に依て虚空を飛過して死後西方へ行んとのみ覚悟す一生苦吟して往生の素懐を遂る事能ばず殊に知らず十方仏土中唯有一乗法なる事を
書き下し
工夫も亦然り一人有り常に趙州の無の字を擧揚し一人有り常に專唱稱名せんに無の字を擧する人は工夫純ならず志念堅からずんば縱い擧して十年二十年を經るとも何の利益か有ん稱名の行者は打成一片に稱名し純一無雜に專唱して穢土を觀せず淨土を求めず一氣に進んで退かずんば五日三日乃至十日を待ずして三昧發得し佛智煥發して立地に往生の大事を決定せん往生とは何をか云や畢竟見性の一着なり經に曰く我國に生れんと十念唱へたらん人の我國に往生せずんば正覺を取らじと誓ひ玉ふ我が國とは何れの處ぞ目前歷歷たる底の本具の自性に非ずや見性の人に非ずんばたやすく見る事能はじ若然らずんば今時諸方淨業の人人日日にとなへ唱へて千念萬念千億萬念す然ふして往生の大事を決定する底は半箇も亦無し知らず無量壽尊正覺を取る事を廢し玉はんか殊に知らず一念直に是往生極樂國豈に十聲を待んや此故に佛の宣玉はく勇猛の衆生の爲には成佛一念に在り懈怠の衆生の爲には涅槃三祇に亘ると說玉へり若無の字と稱名と兩般の看を成ば須らく知るべし盡く是邪魔外道の種族なる事を悲む所は今時淨業の行者往往に諸佛の本志を知らず西方に佛在りとのみ信じて西方は自己の心源なりと云事を知らず念佛の功課に依て虚空を飛過して死後西方へ行んとのみ覺悟す一生苦吟して往生の素懷を遂る事能ばず殊に知らず十方佛土中唯有一乘法なる事を
現代語訳
修行もまたそうである。ここに、いつも趙州の無字を挙げる者と、いつも専ら名号を唱える者とがいるとする。無字を挙げる者は、工夫が純でなく志が固くなければ、たとえ十年二十年挙げても何の利益があろうか。称名の行者は、打って一丸となって称名し、純一無雑に専ら唱え、穢土を厭うことも浄土を求めることもなく、一気に進んで退かなければ、五日三日、長くても十日を待たずに三昧を得て、仏の智慧が輝き出し、その場で往生の大事を決定するだろう。では、往生とは何か。結局は見性の一着にほかならない。経に「私の国に生まれたいと十念を唱えた人が、私の国に往生しないなら、私は正覚を取るまい」と誓われている。その「私の国」とはどこか。目の前にありありと現れている、誰もが本来具えている自性ではないか。見性した人でなければ、たやすくそれを見ることはできない。そうでなければ、今どきあちこちの浄土の行者は、毎日毎日唱え、千念万念、千億万念と唱えているのに、往生の大事を決定した者は半人もいない。それとも無量寿尊が正覚を取ることをやめられたのか。なおまた知らない、一念がそのまま往生極楽国であり、どうして十声を待つことがあろうかということを。だから仏は「勇猛な衆生には成仏は一念にあり、怠け者の衆生には涅槃は三祇(長い時)にわたる」と説かれた。もし無字と称名とを二通りに見るなら、それらはことごとく邪魔外道の仲間であると知るべきである。悲しいのは、今の浄土の行者がしばしば諸仏の本志を知らず、西方に仏がいるとだけ信じて、西方が自己の心の源であることを知らないことだ。念仏の日課によって虚空を飛び越え、死後に西方へ行こうとばかり思い込み、一生苦しみ唱えても往生の素懐を遂げることができない。さらに、十方の仏土の中にはただ一乗の法があるだけだということも知らないのである。
解説

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