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遠羅天釜 / 『遠羅天釜』釈迦と達磨が見性に捧げた生涯

見性の外に成佛なく見性の外に淨土なき事を三界無比の大聖一切衆生の導師なりと渴仰せられさせ玉ふ十方調御の世尊如來も雪山に入て一囘見性し玉はざりし以前は流轉常沒の凡夫に同じく八千度の往來は歷玉ひき見性大悟の曉にこそ正覺の眉を開き玉ひける者を見性の外に成佛ありと心得見性の外に淨刹ありと心得んずる人は上もなき不覺なるべし觀世大士の生身にて渡らせ玉ふ二十八代の祖師達磨大師の如きは遙かに十萬里の鯨波を凌ひで諸經諸論に不足もなき漢土へ如來直授の佛心印を傳へんとて渡り玉ふと聞き及びにたりければ如何なる大事をか傳へ玉ふぞと人々目を拭い襟を正して渴仰し申しけるに只見性成佛の一事をのみ授け玉ひにき破相悟性等の六門を設け玉ひにたれども畢竟見性の一處に收歸せり然れども衆生無量なる故に法門も又無量なり中に就て往生の一門は韋提希獄中の患難を救はんが爲めに假りに且く設け玉ふ若し往生の一事を以て佛法の至要なりとせば祖師只二三行の書を裁して漢土へ送り玉はゞ足れらくのみ曰く專唱稱名して淨刹に往生せよと何ぞ煩はしく千辛萬苦の風波を凌ぎ全身を鯨鯢の腮に懸て漢土へ渡り玉ふべきや如來も亦然り初めより淨飯王宮の中ちに空して耶輪陀羅瞿夷女等の妃嬪と共に娛樂を窮め玉ひ位十善に登り富み五印を有ちて末後に稱名念佛して淨土に往生し玉はゞ足れらくのみ何の心ぞや金輪の王位を振り捨て苦行六年阿羅羅迦摩羅の仙人に責め使はれ其後ち深く雪山に入て葦蘆の股を突き貫くをも覺へ玉はず目のあたりへ雷の落て牛馬を打ち殺たるをも知り玉はぬ程深く大禪定に入り玉ひて通身瘦衰へ玉ふ事絲もて瓦を編たてたる如く皮骨連立せり遂に臘月八夜明星を一見して初めて見性大悟高聲に唱へ玉はく希有なる哉一切衆生如來の大智慧德相を具すと是より山を出來つて頓漸半滿の敎を說宣玉ふに乏き事なし此に於て十號具足果滿妙覺の如來と仰がれ玉ふ

新字:見性の外に成仏なく見性の外に浄土なき事を三界無比の大聖一切衆生の導師なりと渇仰せられさせ玉ふ十方調御の世尊如来も雪山に入て一囘見性し玉はざりし以前は流転常没の凡夫に同じく八千度の往来は歴玉ひき見性大悟の暁にこそ正覚の眉を開き玉ひける者を見性の外に成仏ありと心得見性の外に浄刹ありと心得んずる人は上もなき不覚なるべし観世大士の生身にて渡らせ玉ふ二十八代の祖師達磨大師の如きは遥かに十万里の鯨波を凌ひで諸経諸論に不足もなき漢土へ如来直授の仏心印を伝へんとて渡り玉ふと聞き及びにたりければ如何なる大事をか伝へ玉ふぞと人々目を拭い襟を正して渇仰し申しけるに只見性成仏の一事をのみ授け玉ひにき破相悟性等の六門を設け玉ひにたれども畢竟見性の一処に収帰せり然れども衆生無量なる故に法門も又無量なり中に就て往生の一門は韋提希獄中の患難を救はんが為めに仮りに且く設け玉ふ若し往生の一事を以て仏法の至要なりとせば祖師只二三行の書を裁して漢土へ送り玉はゞ足れらくのみ曰く専唱称名して浄刹に往生せよと何ぞ煩はしく千辛万苦の風波を凌ぎ全身を鯨鯢の腮に懸て漢土へ渡り玉ふべきや如来も亦然り初めより浄飯王宮の中ちに空して耶輪陀羅瞿夷女等の妃嬪と共に娯楽を窮め玉ひ位十善に登り富み五印を有ちて末後に称名念仏して浄土に往生し玉はゞ足れらくのみ何の心ぞや金輪の王位を振り捨て苦行六年阿羅羅迦摩羅の仙人に責め使はれ其後ち深く雪山に入て葦蘆の股を突き貫くをも覚へ玉はず目のあたりへ雷の落て牛馬を打ち殺たるをも知り玉はぬ程深く大禅定に入り玉ひて通身痩衰へ玉ふ事糸もて瓦を編たてたる如く皮骨連立せり遂に臘月八夜明星を一見して初めて見性大悟高声に唱へ玉はく希有なる哉一切衆生如来の大智慧徳相を具すと是より山を出来つて頓漸半満の教を説宣玉ふに乏き事なし此に於て十号具足果満妙覚の如来と仰がれ玉ふ

書き下し

見性の外に成佛なく見性の外に淨土なき事を三界無比の大聖一切衆生の導師なりと渴仰せられさせ玉ふ十方調御の世尊如來も雪山に入て一囘見性し玉はざりし以前は流轉常沒の凡夫に同じく八千度の往來は歷玉ひき見性大悟の曉にこそ正覺の眉を開き玉ひける者を見性の外に成佛ありと心得見性の外に淨刹ありと心得んずる人は上もなき不覺なるべし觀世大士の生身にて渡らせ玉ふ二十八代の祖師達磨大師の如きは遙かに十萬里の鯨波を凌ひで諸經諸論に不足もなき漢土へ如來直授の佛心印を傳へんとて渡り玉ふと聞き及びにたりければ如何なる大事をか傳へ玉ふぞと人々目を拭い襟を正して渴仰し申しけるに只見性成佛の一事をのみ授け玉ひにき破相悟性等の六門を設け玉ひにたれども畢竟見性の一處に收歸せり然れども衆生無量なる故に法門も又無量なり中に就て往生の一門は韋提希獄中の患難を救はんが爲めに假りに且く設け玉ふ若し往生の一事を以て佛法の至要なりとせば祖師只二三行の書を裁して漢土へ送り玉はゞ足れらくのみ曰く專唱稱名して淨刹に往生せよと何ぞ煩はしく千辛萬苦の風波を凌ぎ全身を鯨鯢の腮に懸て漢土へ渡り玉ふべきや如來も亦然り初めより淨飯王宮の中ちに空して耶輪陀羅瞿夷女等の妃嬪と共に娛樂を窮め玉ひ位十善に登り富み五印を有ちて末後に稱名念佛して淨土に往生し玉はゞ足れらくのみ何の心ぞや金輪の王位を振り捨て苦行六年阿羅羅迦摩羅の仙人に責め使はれ其後ち深く雪山に入て葦蘆の股を突き貫くをも覺へ玉はず目のあたりへ雷の落て牛馬を打ち殺たるをも知り玉はぬ程深く大禪定に入り玉ひて通身瘦衰へ玉ふ事絲もて瓦を編たてたる如く皮骨連立せり遂に臘月八夜明星を一見して初めて見性大悟高聲に唱へ玉はく希有なる哉一切衆生如來の大智慧德相を具すと是より山を出來つて頓漸半滿の敎を說宣玉ふに乏き事なし此に於て十號具足果滿妙覺の如來と仰がれ玉ふ

現代語訳

見性のほかに成仏はなく、見性のほかに浄土はない。三界に比類なき大聖、一切衆生の導師と仰ぎ慕われる十方調御の世尊如来でさえ、雪山に入って一度見性なさる以前は、流転して常に沈む凡夫と同じく、八千度の往来をなさった。見性大悟の暁にこそ、正覚の眉を開かれたのである。それなのに、見性のほかに成仏があると心得、見性のほかに浄土があると心得る人は、この上ない不覚者であろう。観世音菩薩の化身であられる二十八代の祖師、達磨大師は、はるか十万里の大波を越え、諸経諸論に不足のない漢土へ、如来が直接授けた仏心印を伝えようと渡られたと聞いて、どんな大事を伝えられるのかと、人々は目をぬぐい襟を正して仰ぎ慕ったが、ただ見性成仏の一事だけを授けられた。破相・悟性などの六門を設けられたが、結局は見性の一処に帰する。しかし衆生は無量であるから、法門もまた無量である。その中で往生の一門は、韋提希夫人が獄中の患難にあったのを救うために、仮にしばらく設けられたものである。もし往生の一事を仏法の要とするなら、祖師はただ二、三行の書を作って漢土に送られれば足りるはずだ。「専ら称名して浄土に往生せよ」と。どうして煩わしく千辛万苦の風波を凌ぎ、全身を鯨の顎にかけて漢土へ渡られる必要があろうか。如来もまたそうだ。初めから浄飯王の宮中にいて、耶輸陀羅・瞿夷らの妃たちと楽しみを尽くし、位は十善に登り、富は五印度を有し、最後に称名念仏して浄土に往生なさればそれで足りるはずだ。何のお心であろうか、転輪聖王の位を振り捨てて、苦行六年、阿羅羅・迦摩羅の仙人に責め使われ、その後深く雪山に入って、葦が脛を突き貫くのも気づかず、目の前に雷が落ちて牛馬を打ち殺したのも知らないほど深く大禅定に入られ、全身がやせ衰えること、糸で瓦を編んだようで、皮と骨が連なり立つばかりであった。ついに臘月八日の夜明けの明星を一見して、初めて見性大悟し、高らかに唱えられた。「不思議なことだ、一切衆生はみな如来の大智慧と徳相を具えている」と。これより山を出て、頓教・漸教・半字・満字の教えを説き宣べるのに不足はなかった。ここにおいて、十号を具足し、果満妙覚の如来と仰がれなさったのである。

解説

釈迦も達磨も、見性の一事のために全てを捨てたのであり、往生だけが目的なら、苦行も渡海も不要だったはずだ、という論法です。白隠は、浄土往生の教えを、韋提希夫人の苦難を救うための仮の方便と位置づけます。これは禅の立場からの主張であり、浄土の側には異なる見方があることも踏まえて読む必要があります。それでも、楽な近道に頼らず、本質に向き合った先人の姿勢は示唆に富みます。仕事でも、手軽な手段で済ませず、本質的な課題に正面から取り組んだ経験が、人を大きく育てます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

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この章句が説くこと

見性達磨大師釈迦の苦行韋提希方便明星

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