遠羅天釜 / 『遠羅天釜』刀と槍の喩えと志の固さ
先書に正念工夫相續不斷の助けに念佛せよと勸むる者も是有り如何ん趙州の無字と一般なりとせんか將又別に子細有りやとの御尋ね叮嚀なる思し召しに候ろ人を殺すに刀を以てする有り鎗を以てする有り一般なりとやせんか將又別に子細有りやと問はんに如何答へ玉ふべきや刀鎗器は異なりと云へども其殺すに到つては豈に兩般有んや去る程に忠信は碁盤を振上げて敵を追い篠塚は船梁を引きはづして人を打ち呂后は鴆酒を執つて如意を毒害し玄武は琴絃を解いて妓女を縊殺し關羽は龍刀を提げ張飛は蛇棒を取る刀鎗は兩般なけれども只執る人の利鈍と眞僞との兩般に在るらくのみ學道も亦然り或は定坐し或は誦經し或は諷咒し或は念佛し努め力めて前後際斷の處に到つて無明の暗窟を踏翻し五欲の凶賊を逼殺し大圓鏡光を撃碎し四智圓明の正位を透過し大事を成辨するに到つては行持は縱い品な異なれどもその所證に到つては豈兩般有んや茲に人あり力量骨格互ひに相同じ各各堅甲利兵を執つて相戰はんに一人は志念堅からず或ひは疑い或ひは恐れ或ひは戰はんとし或ひは走らんとして死生決せず進退定まらず眼目定動し步驟正しからずしどろに成て相進まん一人は危亡を顧みず强弱を觀せず一身を必死の地に擲着し目を居へ齒を切つて大精神を震つて斷斷として相進まば此兩箇の勝敗は掌ろを見るが如けん十騎にして千騎に對し百騎にして萬騎に對すといへども百戰百勝目前に分明なり譬へば兩陣相對せんに一方は金銀を以て募り傭いたる雜兵十萬又一方は仁恕を以て志を合せ忠義を以て鍊り鍛たる精兵一千此千騎を放つて彼十萬に當てんに惡虎の群羊を驅るが如けん是他なし只大將の賢さ不肖とに在らくのみ豈に勢の多少器の長短に依らんや
新字:先書に正念工夫相続不断の助けに念仏せよと勧むる者も是有り如何ん趙州の無字と一般なりとせんか将又別に子細有りやとの御尋ね叮嚀なる思し召しに候ろ人を殺すに刀を以てする有り鎗を以てする有り一般なりとやせんか将又別に子細有りやと問はんに如何答へ玉ふべきや刀鎗器は異なりと云へども其殺すに到つては豈に両般有んや去る程に忠信は碁盤を振上げて敵を追い篠塚は船梁を引きはづして人を打ち呂后は鴆酒を執つて如意を毒害し玄武は琴絃を解いて妓女を縊殺し関羽は竜刀を提げ張飛は蛇棒を取る刀鎗は両般なけれども只執る人の利鈍と真偽との両般に在るらくのみ学道も亦然り或は定坐し或は誦経し或は諷咒し或は念仏し努め力めて前後際断の処に到つて無明の暗窟を踏翻し五欲の凶賊を逼殺し大円鏡光を撃砕し四智円明の正位を透過し大事を成弁するに到つては行持は縦い品な異なれどもその所証に到つては豈両般有んや茲に人あり力量骨格互ひに相同じ各各堅甲利兵を執つて相戦はんに一人は志念堅からず或ひは疑い或ひは恐れ或ひは戦はんとし或ひは走らんとして死生決せず進退定まらず眼目定動し歩驟正しからずしどろに成て相進まん一人は危亡を顧みず強弱を観せず一身を必死の地に擲着し目を居へ歯を切つて大精神を震つて断断として相進まば此両箇の勝敗は掌ろを見るが如けん十騎にして千騎に対し百騎にして万騎に対すといへども百戦百勝目前に分明なり譬へば両陣相対せんに一方は金銀を以て募り傭いたる雑兵十万又一方は仁恕を以て志を合せ忠義を以て錬り鍛たる精兵一千此千騎を放つて彼十万に当てんに悪虎の群羊を駆るが如けん是他なし只大将の賢さ不肖とに在らくのみ豈に勢の多少器の長短に依らんや
書き下し
先書に正念工夫相續不斷の助けに念佛せよと勸むる者も是有り如何ん趙州の無字と一般なりとせんか將又別に子細有りやとの御尋ね叮嚀なる思し召しに候ろ人を殺すに刀を以てする有り鎗を以てする有り一般なりとやせんか將又別に子細有りやと問はんに如何答へ玉ふべきや刀鎗器は異なりと云へども其殺すに到つては豈に兩般有んや去る程に忠信は碁盤を振上げて敵を追い篠塚は船梁を引きはづして人を打ち呂后は鴆酒を執つて如意を毒害し玄武は琴絃を解いて妓女を縊殺し關羽は龍刀を提げ張飛は蛇棒を取る刀鎗は兩般なけれども只執る人の利鈍と眞僞との兩般に在るらくのみ學道も亦然り或は定坐し或は誦經し或は諷咒し或は念佛し努め力めて前後際斷の處に到つて無明の暗窟を踏翻し五欲の凶賊を逼殺し大圓鏡光を撃碎し四智圓明の正位を透過し大事を成辨するに到つては行持は縱い品な異なれどもその所證に到つては豈兩般有んや茲に人あり力量骨格互ひに相同じ各各堅甲利兵を執つて相戰はんに一人は志念堅からず或ひは疑い或ひは恐れ或ひは戰はんとし或ひは走らんとして死生決せず進退定まらず眼目定動し步驟正しからずしどろに成て相進まん一人は危亡を顧みず强弱を觀せず一身を必死の地に擲着し目を居へ齒を切つて大精神を震つて斷斷として相進まば此兩箇の勝敗は掌ろを見るが如けん十騎にして千騎に對し百騎にして萬騎に對すといへども百戰百勝目前に分明なり譬へば兩陣相對せんに一方は金銀を以て募り傭いたる雜兵十萬又一方は仁恕を以て志を合せ忠義を以て鍊り鍛たる精兵一千此千騎を放つて彼十萬に當てんに惡虎の群羊を驅るが如けん是他なし只大將の賢さ不肖とに在らくのみ豈に勢の多少器の長短に依らんや
現代語訳
先の書状で、正念の工夫を絶え間なく続ける助けとして念仏をせよと勧める者もいるが、これは趙州の無字と同じものと考えるべきか、それとも別に子細があるのか、とのご質問を、丁寧なお考えとして承った。人を殺すのに刀を使う者もあり、槍を使う者もある。同じことか、それとも別に子細があるのかと問われたら、どうお答えになるか。刀と槍は道具こそ違うが、殺すという点に至っては、どうして二通りあろうか。そこで、忠信は碁盤を振り上げて敵を追い、篠塚は船の梁を引きはずして人を打ち、呂后は鴆の毒酒を取って如意を毒殺し、玄武は琴の弦をほどいて妓女を絞め殺し、関羽は竜の刀を提げ、張飛は蛇の矛を取った。刀や槍が二通りあるのではなく、ただ手に取る人の腕の鋭さ鈍さと、本物か偽物かの二通りがあるだけである。修行の道もまたそうだ。座禅をし、経を誦し、呪を唱え、念仏をし、懸命に励んで前後際断の境地に到り、無明の暗い洞窟を踏み破り、五欲という凶賊を追い詰めて殺し、大円鏡の光を打ち砕き、四智円明の正位を通り抜けて大事を成し遂げるに至っては、修行の形は品々に違っていても、悟る境地にどうして二通りあろうか。ここに二人がいて、力量も体格も互いに同じで、それぞれ堅い甲と鋭い武器を持って戦うとする。一人は志が固まらず、疑い、恐れ、戦おうとし、逃げようとして、生死の決心がつかず、進退が定まらず、目つきは落ち着かず足取りも乱れて、しどろもどろに進む。もう一人は危うさを顧みず、相手の強弱を見ず、一身を必死の地に投げ込み、目をすえ歯を食いしばって大いなる精神を奮い、断固として進む。この二人の勝敗は、掌を見るように明らかである。十騎で千騎に、百騎で万騎に対しても、百戦百勝は目の前に明らかだ。たとえば両陣が向かい合うのに、一方は金銀で募り雇った雑兵十万、他方は思いやりで志を合わせ、忠義で鍛えた精兵千人とする。この千騎を彼の十万に当てれば、猛虎が羊の群れを駆るようなものだ。これは他でもない、ただ大将が賢いか不肖かにあるだけで、どうして勢の多少や武器の長短によろうか。
解説

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