遠羅天釜 / 『遠羅天釜』老松と若松に見る養いの差
予聞得大歡踊曰且喜佛法大可得人時也師亦宜提起向上鉗鎚求實參實悟上士涉隨佗意說以第二機接人大損人必妨佗悟門有蟲氣息底漢子亦不能得如予三十年前依師提携精鍊刻苦喫盡多少艱辛見得本有佛性徹了法華眞面目於一念三千妙理三諦即一奧義毫釐無疑惑師亦以吾爲見得法華眞面目許可矣予亦心竊謂天下旣定矣近頃聞師評唱碧巖錄恰如田夫杳立階下聞中書堂上諸君公議如瞽者張眸覷湘水佳景以聾者欲耳聞洞庭雅樂於此大失力慚汗滴脥傷淚滿胸從前苦修似不立尺寸功者初謂吾得力與師一般今以予擬師如疲羊指駿驥稱吾父似跛鱉指神龍道吾師心竊以師爲嫌吾者怏怏不樂師今又書法華眞面目事一見怨恨作發故言又是包止啼金葉不亦宜乎住菴諸子亦今徃々有此歎息況師亦指諸人辛勤所得稱棺木裏禪焉予曰寔有其事嗟予來進儞見老松秀丘堅壓枝柯衝九霄根盤徹三泉上有百尺絲下有千歲茯勢如蛟龍欲攫霧上長空下有靑々一寸松猶戴甲子立指可拔爪可截指此二物問佗曰是什麼佗必言共是松也唯在積歲月養與不養而已莫言歲月是可也儞若守一箇死棺材作鬼家活計了縱雖積重驢年堪作甚麼用矣
新字:予聞得大歓踊曰且喜仏法大可得人時也師亦宜提起向上鉗鎚求実参実悟上士渉随佗意説以第二機接人大損人必妨佗悟門有虫気息底漢子亦不能得如予三十年前依師提携精錬刻苦喫尽多少艱辛見得本有仏性徹了法華真面目於一念三千妙理三諦即一奥義毫釐無疑惑師亦以吾為見得法華真面目許可矣予亦心窃謂天下既定矣近頃聞師評唱碧巖録恰如田夫杳立階下聞中書堂上諸君公議如瞽者張眸覷湘水佳景以聾者欲耳聞洞庭雅楽於此大失力慚汗滴脥傷涙満胸従前苦修似不立尺寸功者初謂吾得力与師一般今以予擬師如疲羊指駿驥称吾父似跛鱉指神竜道吾師心窃以師為嫌吾者怏怏不楽師今又書法華真面目事一見怨恨作発故言又是包止啼金葉不亦宜乎住菴諸子亦今往々有此嘆息況師亦指諸人辛勤所得称棺木裏禅焉予曰寔有其事嗟予来進儞見老松秀丘堅圧枝柯衝九霄根盤徹三泉上有百尺糸下有千歳茯勢如蛟竜欲攫霧上長空下有青々一寸松猶戴甲子立指可抜爪可截指此二物問佗曰是什麼佗必言共是松也唯在積歳月養与不養而已莫言歳月是可也儞若守一箇死棺材作鬼家活計了縦雖積重驢年堪作甚麼用矣
書き下し
予、聞き得て大いに歡踊して曰く、且く喜ぶ、佛法、大いに人を得べきの時なり。師も亦た宜しく向上の鉗鎚を提起して、實參實悟の上士を求むべし。佗の意に涉り隨ひ、說くに第二機を以て人に接すれば、大いに人を損ひ、必ず佗の悟門を妨ぐ。蟲の氣息ある底の漢子は、亦た得る能はず。予が三十年前の如きは、師の提携に依りて、精鍊刻苦し、多少の艱辛を喫し盡くし、本有の佛性を見得し、法華の眞面目を徹了す。一念三千の妙理、三諦即一の奧義に於いて、毫釐も疑惑無し。師も亦た吾を以て法華の眞面目を見得せりと爲して許可したまひき。予も亦た心に竊かに謂へらく、天下、旣に定まれりと。近頃、師の碧巖錄を評唱するを聞くに、恰も田夫、杳かに階下に立ちて、中書の堂上に諸君の公議するを聞くが如く、瞽者、眸を張りて湘水の佳景を覷ひ、聾者を以て耳に洞庭の雅樂を聞かんと欲するが如し。此に於いて大いに力を失ひ、慚汗、脥に滴り、傷淚、胸に滿つ。從前の苦修、尺寸の功をも立てざるに似たり。初め吾が得力、師と一般なりと謂ひしに、今、予を以て師に擬すれば、疲羊の駿驥を指し、吾が父と稱し、跛鱉の神龍を指して吾が師と道ふが如し。心に竊かに以へらく、師、吾を嫌ふと爲し、怏怏として樂しまず。師、今又、法華眞面目の事を書く。一見して怨恨、發作す。故に言ふ、又是れ止啼の金葉を包むと。亦た宜ならずや。住菴の諸子も亦た今、往々此の歎息有り。況んや師、亦た諸人の辛勤して得る所を指して、棺木裏の禪と稱するをや、と。予曰く、寔に其の事有り。嗟、予に來進せよ。儞、老松を見よ。秀丘に堅く枝柯を壓し、九霄を衝き、根盤りて三泉に徹す。上に百尺の絲有り、下に千歲の茯有り。勢ひ蛟龍の霧を攫みて長空に上らんと欲するが如し。下に靑々たる一寸の松有り、猶ほ甲を戴く。立ちどころに指して拔くべく、爪して截るべし。此の二物を指して佗に問ひて曰く、是れ什麼ぞ、と。佗、必ず言はん、共に是れ松なり、と。唯だ歲月を積み、養ふと養はざるとに在るのみ。歲月を言ふこと莫きは是れ可なり。儞、若し一箇の死棺材を守り、鬼家の活計を作さば、縱ひ驢年を積重すと雖も、甚麼の用にか堪へん。
現代語訳
私はこれを聞いて大いに歓喜して言った。「喜ばしいことだ。仏法に人を得る時が来た。師もまた、向上の鉗鎚を提げて、真に参じ真に悟る上士を求められるべきです。他人の意に従って、第二義の方便で人に接すれば、大いに人を損ない、その悟りの門を必ず妨げます。虫の息のような者には、得ることもできません。私は三十年前、師の導きによって、精錬し刻苦して多くの艱難を嘗め尽くし、本有の仏性を見得し、法華の真面目を徹底して悟りました。一念三千の妙理、三諦即一の奥義について、少しの疑いもありませんでした。師もまた、私が法華の真面目を見得したと認めてくださいました。私も心ひそかに、天下はすでに定まったと思いました。ところが近ごろ、師が碧巌録を評唱されるのを聞くと、まるで田舎者が階下に立って、中書省の堂上で諸君が公議するのを聞くようであり、盲人が目を見開いて湘水の佳景を覗き、聾者が耳で洞庭の雅楽を聞こうとするようでした。ここで大いに力を失い、恥の汗が頬に滴り、悲しみの涙が胸に満ちました。これまでの苦修は、寸分の功も立てなかったかのようです。初めは自分の得た力は師と同じだと思っていましたが、いま私を師に並べてみれば、疲れた羊が駿馬を指して父と呼び、足なえの鼈が神龍を指して我が師と言うようなものです。心ひそかに、師は私を嫌っておられるのだと思い、鬱々として楽しみませんでした。師はいままた、法華の真面目のことを書かれました。一目見て、怨みの心が起こりました。だから、またも止啼の金葉を包んでおられると言ったのも、無理はないではありませんか。庵の諸子もいま、しばしばこの嘆きを漏らしています。まして師は、人々が辛苦して得たものを指して、棺桶の中の禅と呼ばれるのですから」と。私は言った。「まことにそのとおりだ。ああ、こちらへ進み出よ。お前、あの老松を見るがよい。高い丘に堅く立って枝を押さえ、九天を衝き、根は盤して地下の三泉に徹している。上には百尺の絲(寄生の蔓)があり、下には千年の茯苓がある。勢いは、蛟龍が霧をつかんで大空に上ろうとするようである。その下には青々とした一寸ばかりの松があり、なお種の殻をかぶっている。たちまち指で抜け、爪で截ることもできる。この二つを指して彼に『これは何か』と問えば、彼は必ず『どちらも松だ』と言うだろう。ただ歳月を積んで、養うか養わないかの違いがあるだけである。だが歳月のことは言うなというのが正しい。お前がもし一つの死んだ棺桶を守り、亡者の巣窟で暮らしを立てるなら、たとえ驢馬の年を積み重ねても、何の役に立とうか」と。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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