遠羅天釜 / 『遠羅天釜』兄弟が拾った金と豪奢な邸
古有張氏子兄稱張五弟曰張六兄弟裹糧遠徃百里中路各拾得金一鋌大歡踊而後索居互不知死生者蓋三十餘歲于此矣六思其兄事尋逐四方認得其兄所在杳來相訪望其兄室水磨列鳴轂車騎過牛馬列槽櫪家鵞滿溝瀆簫竽遠流歌聲抑揚有佳賓筵有高客來六震恐不能直越門閫折腰屈膝畏々出名刺雙童來迎容貌秀麗態度高雅躡蹤從進屋壁麗堂宇美如入康懋室似上石奴堂魂蕩股戰不知所坐少焉張五被婢妾扶挑錦帳出侍女圍羅綺羅驚魂繚紋奪目金爐吐千花芳玉佩流百禽音頭穿紅羅帽肩掛紫錦袍坐綠熊茵凭紫檀机奢眸如虎抗肩如鳶六一見不覺頭到地身體萎縮啼泣不休不能擧頭正視張五徐徐告曰吾弟何來晩矣胡爲其如此郎當哉六拭淚畏々問曰吾兄今仕何侯受誰家恩顧如此尊大如此富貴哉張五曰我非所以爲人臣者我非所以受人恩顧之者我者昔者拾金者也六曰兄所拾其數爲幾百筐金哉大車重積者乎巨船租載者乎天所墜乎地所埋乎遺忘底爲誰耶張五曰不然三十年前我與儞於何某路上所拾者也六曰怪哉縱一鋌金而得此富貴也六於此乎大惑矣恐候白黑之流亞乎盜跡之部屬乎若果而然者我疾僻出出謀遁九族難豈坐而待死亡者哉張五閧々笑曰儞向所拾者今其何處在麼爲博奕失者乎且羅花酒惑者乎六曰宜哉見我郞落我兄甚怪也願避左右吾有一言密々告之張五縱目擊妻孥皆退六畏々近進曰吾豈博奕及顧花柳者乎吾貧不失金吾瘦爲護金吾兄向不言哉儞能保護莫亂費用吾以不負吾兄命爲足者也
新字:古有張氏子兄称張五弟曰張六兄弟裹糧遠往百里中路各拾得金一鋌大歓踊而後索居互不知死生者蓋三十余歳于此矣六思其兄事尋逐四方認得其兄所在杳来相訪望其兄室水磨列鳴轂車騎過牛馬列槽櫪家鵞満溝瀆簫竽遠流歌声抑揚有佳賓筵有高客来六震恐不能直越門閫折腰屈膝畏々出名刺双童来迎容貌秀麗態度高雅躡蹤従進屋壁麗堂宇美如入康懋室似上石奴堂魂蕩股戦不知所坐少焉張五被婢妾扶挑錦帳出侍女囲羅綺羅驚魂繚紋奪目金炉吐千花芳玉佩流百禽音頭穿紅羅帽肩掛紫錦袍坐緑熊茵凭紫檀机奢眸如虎抗肩如鳶六一見不覚頭到地身体萎縮啼泣不休不能挙頭正視張五徐徐告曰吾弟何来晩矣胡為其如此郎当哉六拭涙畏々問曰吾兄今仕何侯受誰家恩顧如此尊大如此富貴哉張五曰我非所以為人臣者我非所以受人恩顧之者我者昔者拾金者也六曰兄所拾其数為幾百筐金哉大車重積者乎巨船租載者乎天所墜乎地所埋乎遺忘底為誰耶張五曰不然三十年前我与儞於何某路上所拾者也六曰怪哉縦一鋌金而得此富貴也六於此乎大惑矣恐候白黒之流亜乎盗跡之部属乎若果而然者我疾僻出出謀遁九族難豈坐而待死亡者哉張五閧々笑曰儞向所拾者今其何処在麼為博奕失者乎且羅花酒惑者乎六曰宜哉見我郎落我兄甚怪也願避左右吾有一言密々告之張五縦目撃妻孥皆退六畏々近進曰吾豈博奕及顧花柳者乎吾貧不失金吾痩為護金吾兄向不言哉儞能保護莫乱費用吾以不負吾兄命為足者也
書き下し
古、張氏の子有り。兄を張五と稱し、弟を張六と曰ふ。兄弟、糧を裹みて遠く百里に徃く。中路に各々金一鋌を拾ひ得、大いに歡踊す。而して後、索居して互ひに死生を知らざる者、蓋し三十餘歲、此に于いてす。六、其の兄の事を思ひ、四方を尋逐し、其の兄の所在を認得して、杳かに來たり相訪ふ。其の兄の室を望めば、水磨列ねて鳴り、轂車騎過ぎ、牛馬槽櫪に列なり、家鵞溝瀆に滿ち、簫竽遠く流れ、歌聲抑揚たり。佳賓の筵有り、高客の來たる有り。六、震恐して直ちに門閫を越ゆる能はず、腰を折り膝を屈し、畏々として名刺を出だす。雙童、來たり迎ふ。容貌秀麗、態度高雅なり。蹤を躡みて從ひ進めば、屋壁麗しく堂宇美しく、康懋の室に入るが如く、石奴の堂に上るに似たり。魂蕩き股戰きて、坐する所を知らず。少焉ありて張五、婢妾に扶けられ、錦帳を挑げて出づ。侍女羅綺を圍らせ、魂を驚かし、縷紋、目を奪ふ。金爐は千花の芳を吐き、玉佩は百禽の音を流す。頭には紅羅の帽を穿き、肩には紫錦の袍を掛け、綠熊の茵に坐し、紫檀の机に凭る。眸を奢りて虎の如く、肩を抗げて鳶の如し。六、一見して覺えず頭、地に到り、身體萎縮し、啼泣して休まず、頭を擧げて正視する能はず。張五、徐徐に告げて曰く、吾が弟、何ぞ來たること晩きや。胡爲れぞ其れ此くの如く郎當たるや、と。六、淚を拭ひ、畏々として問ひて曰く、吾が兄、今、何の侯に仕へ、誰が家の恩顧を受けて、此くの如く尊大に、此くの如く富貴なるや、と。張五曰く、我は人の臣爲る所以の者に非ず、我は人の恩顧を受くる所以の者に非ず。我は昔者、金を拾ひし者なり、と。六曰く、兄の拾ふ所、其の數、幾百筐の金爲るや。大車に重ね積む者か、巨船に租載する者か。天の墜とす所か、地の埋むる所か。遺忘せし底は誰爲るや、と。張五曰く、然らず。三十年前、我と儞と、何某の路上に於いて拾ひし所の者なり、と。
現代語訳
昔、張氏の兄弟があり、兄を張五、弟を張六といった。兄弟は食糧を携えて百里の遠くへ行く途中で、それぞれ黄金一塊を拾い、大いに喜んだ。その後、離れて暮らし、互いに生死も知らないまま、およそ三十余年がこうして過ぎた。張六は兄のことを思い、四方を尋ね回って兄の居所を突き止め、はるばる訪ねて来た。兄の屋敷を望めば、水車が並んで鳴り、車馬が行き交い、牛馬は槽や厩に並び、家鴨や鵞鳥が溝に満ち、笙や竽の音が遠くへ流れ、歌声が抑揚している。立派な客人の宴があり、貴い客が来ているようであった。張六は震え恐れ、門をまっすぐ越えることもできず、腰を折り膝を屈めて、びくびくしながら名刺を出した。二人の童子が迎えに来た。容貌は秀麗、態度は高雅であった。その後に従って進むと、屋の壁は華麗で堂宇は美しく、康懋の室に入るようで、石奴の堂に上るようである。魂は揺らぎ股は震え、どこに座ってよいか分からなかった。しばらくして、張五が婢妾に扶けられ、錦の帳を押し開いて出てきた。侍女は薄絹をまとってまわりを囲み、魂を驚かし、刺繍の模様が目を奪う。金の香炉は千の花の香りを吐き、玉の佩びものは百の鳥の声を流す。頭には紅の羅の帽子をかぶり、肩には紫の錦の袍を掛け、緑の熊皮の敷物に座り、紫檀の机にもたれ、眼は虎のように奢り、肩は鳶のようにそびやかしていた。張六は一目見て、思わず頭を地につけ、身体は縮み、泣いてやまず、頭を上げて正視することもできなかった。張五はゆっくりと告げた。「弟よ、来るのがなぜこう遅かったのか。どうしてそのようにしょげているのか」と。張六は涙を拭い、おそるおそる尋ねた。「兄上は今どの諸侯に仕え、どなたの恩顧を受けて、このように尊大で、このように富貴なのですか」と。張五は言った。「私は人の臣となっているのではなく、人の恩顧を受けているのでもない。私は昔、金を拾った者だ」と。張六は言った。「兄上の拾われた金は、何百筐の数でしょうか。大きな車に重ねて積んだのでしょうか。大船に載せたのでしょうか。天から墜ちたのですか、地に埋まっていたのですか。落とし忘れたのは誰なのでしょう」と。張五は言った。「そうではない。三十年前、私とお前が、どこかの路上で拾ったあの金だ」と。
解説

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