遠羅天釜 / 『遠羅天釜』狼の墓場の坐と似せ者の戒め
一年狼の多く來りて此麓の里へ寃をなせし時に愚老は七夜まで處々の墓原に坐し明したるぞ是は彼等に取圍まれ耳の根咽ぶなど吹嗅んずる時に正念工夫間斷ありや否をためし試みん爲なり蚰にもせよ水神にもせよ男子たる者の思ひ立取かゝりたる事を遂すや置べき仕果ずやあるべきと思ひ定めて如何なる飢寒をも忍び懲へ如何なる風雨をも堪凌ぎ火の底に入り氷の底に浸りても佛祖の開き給ひたる眼を開き佛祖の到り給へる田地に到りて宗門の大事を參歎し末後の奧義を徹了して十方參玄の衲子を惱害し釘を抜き楔をうばつて以て佛祖の深恩を報答すべしと歴劫不退の大誓願を憤發し給はゞ病ひ何れの處にか湊泊せん古德の修行に一人さして躁かなるはなき事なれども中に就て玄沙慈明などの幾多の艱辛を歷給へるは取分貴く覺ゆる事なり油斷し給ひたらば果して相似の修行者になり給ふべきぞ但しその相似とは似せ者と云事なり誰やの人か不足なき身に似せ者と成んと思ふ人はなき事なれども好法友の手引を受給はず道心深からずして少し許りの會處などを賴みて口を利人にも貴ばれ給はゞ見事なる似せ者なるべきぞ操履を愼み正念を守りて事足り給はずば如何なる野の末山の奧にても飢死寒ね果給ふべし黃金は孤に包ても黃金なれば實の佛祖の兒孫神明の掌を合せて尊信し龍天頭を低て擁護すべきぞかし諂ひ屈て財産を積み重ねて千僧の葬儀七寶の莊嚴あつて幡蓋目を奪ひ道塲心を驚したりとも閻王怒眼を張牛頭鐵鞭を撚つて相待んは苦〱しかるべきぞなど戌の上刻より丑みつ頃まで物語りせられけるを傍に侍りける兩三輩只片時許りの心持にて感涙肝に銘し慚汗肌を侵し侍りき
新字:一年狼の多く来りて此麓の里へ冤をなせし時に愚老は七夜まで処々の墓原に坐し明したるぞ是は彼等に取囲まれ耳の根咽ぶなど吹嗅んずる時に正念工夫間断ありや否をためし試みん為なり蚰にもせよ水神にもせよ男子たる者の思ひ立取かゝりたる事を遂すや置べき仕果ずやあるべきと思ひ定めて如何なる飢寒をも忍び懲へ如何なる風雨をも堪凌ぎ火の底に入り氷の底に浸りても仏祖の開き給ひたる眼を開き仏祖の到り給へる田地に到りて宗門の大事を参嘆し末後の奥義を徹了して十方参玄の衲子を悩害し釘を抜き楔をうばつて以て仏祖の深恩を報答すべしと歴劫不退の大誓願を憤発し給はゞ病ひ何れの処にか湊泊せん古徳の修行に一人さして躁かなるはなき事なれども中に就て玄沙慈明などの幾多の艱辛を歴給へるは取分貴く覚ゆる事なり油断し給ひたらば果して相似の修行者になり給ふべきぞ但しその相似とは似せ者と云事なり誰やの人か不足なき身に似せ者と成んと思ふ人はなき事なれども好法友の手引を受給はず道心深からずして少し許りの会処などを頼みて口を利人にも貴ばれ給はゞ見事なる似せ者なるべきぞ操履を慎み正念を守りて事足り給はずば如何なる野の末山の奥にても飢死寒ね果給ふべし黄金は孤に包ても黄金なれば実の仏祖の児孫神明の掌を合せて尊信し竜天頭を低て擁護すべきぞかし諂ひ屈て財産を積み重ねて千僧の葬儀七宝の荘厳あつて幡蓋目を奪ひ道塲心を驚したりとも閻王怒眼を張牛頭鉄鞭を撚つて相待んは苦〱しかるべきぞなど戌の上刻より丑みつ頃まで物語りせられけるを傍に侍りける両三輩只片時許りの心持にて感涙肝に銘し慚汗肌を侵し侍りき
書き下し
一年狼の多く來りて此麓の里へ寃をなせし時に愚老は七夜まで處々の墓原に坐し明したるぞ是は彼等に取圍まれ耳の根咽ぶなど吹嗅んずる時に正念工夫間斷ありや否をためし試みん爲なり蚰にもせよ水神にもせよ男子たる者の思ひ立取かゝりたる事を遂すや置べき仕果ずやあるべきと思ひ定めて如何なる飢寒をも忍び懲へ如何なる風雨をも堪凌ぎ火の底に入り氷の底に浸りても佛祖の開き給ひたる眼を開き佛祖の到り給へる田地に到りて宗門の大事を參歎し末後の奧義を徹了して十方參玄の衲子を惱害し釘を抜き楔をうばつて以て佛祖の深恩を報答すべしと歴劫不退の大誓願を憤發し給はゞ病ひ何れの處にか湊泊せん古德の修行に一人さして躁かなるはなき事なれども中に就て玄沙慈明などの幾多の艱辛を歷給へるは取分貴く覺ゆる事なり油斷し給ひたらば果して相似の修行者になり給ふべきぞ但しその相似とは似せ者と云事なり誰やの人か不足なき身に似せ者と成んと思ふ人はなき事なれども好法友の手引を受給はず道心深からずして少し許りの會處などを賴みて口を利人にも貴ばれ給はゞ見事なる似せ者なるべきぞ操履を愼み正念を守りて事足り給はずば如何なる野の末山の奧にても飢死寒ね果給ふべし黃金は孤に包ても黃金なれば實の佛祖の兒孫神明の掌を合せて尊信し龍天頭を低て擁護すべきぞかし諂ひ屈て財産を積み重ねて千僧の葬儀七寶の莊嚴あつて幡蓋目を奪ひ道塲心を驚したりとも閻王怒眼を張牛頭鐵鞭を撚つて相待んは苦〱しかるべきぞなど戌の上刻より丑みつ頃まで物語りせられけるを傍に侍りける兩三輩只片時許りの心持にて感涙肝に銘し慚汗肌を侵し侍りき
現代語訳
ある年、狼が多く出てこの麓の里に害をなした時に、愚老は七夜まで所々の墓場に坐って明かした。これは、彼らに取り囲まれ、耳の根や喉元を嗅ぎ回されるような時に、正念の工夫に切れ目があるかないかを試そうとしたためである。虫けらにもせよ水の神にもせよ、男子たる者が思い立って取りかかったことを、遂げずに置いてよいものか、やり果せずに終わってよいものかと思い定め、どんな飢えや寒さをも忍び堪え、どんな風雨をも耐え凌ぎ、火の底に入り氷の底に浸っても、仏祖の開かれた眼を開き、仏祖の到達された境地に至り、宗門の大事を参究して、最後の奥義を徹底して、諸方から参禅に来る修行僧を悩まし鍛え、釘を抜き楔を奪って、仏祖の深恩に報いようと、永劫退かない大誓願を奮い起こされるなら、病はどこに留まる場があろうか。昔の高徳の修行は、誰一人として手軽なものはなかったが、中でも玄沙や慈明などが多くの艱難辛苦を経られたのは、とりわけ貴く思われる。油断なさるなら、きっと相似の修行者になられるであろう。ただしその相似とは、似せ者ということである。何不足ない身で似せ者になろうと思う人はいないが、良い法友の手引きを受けず、道心深からず、わずかな会得などを頼みにして、口がうまいと人に尊ばれなさるなら、見事な似せ者であろう。操行を慎み、正念を守って、それで満足なさらなければ、どんな野の果て山の奥であっても、飢え死に凍え死になさるがよい。黄金は袋に包んでも黄金であるから、真の仏祖の子孫は、神々が掌を合わせて尊び信じ、龍や天が頭を低くして守護するのである。へつらい屈して財産を積み重ね、千人の僧による葬儀や七宝の荘厳があり、幡や天蓋が目を奪い、道場が人の心を驚かせたとしても、閻魔王が怒りの眼を見開き、牛頭が鉄の鞭をひねって待っているのは、苦々しいことであろう、などと、戌の上刻から丑三つ頃まで語られたのを、傍らに侍っていた二、三人は、ほんのひとときのように感じ、感涙は肝に銘じ、恥じて流す汗は肌に染み通ったのであった。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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