遠羅天釜 / 『遠羅天釜』腫物を善知識とした老和尚
古來より重病を受ながら疑團打破の人々は間多き事なるぞかし中比去老和尚の重き腫物を受給ひて背後は爛冬瓜の如く腫塞がりて目もあてられぬ病惱なりけるに湯藥食事進め參らするより外は人をも近つけ給はで目を打塞ぎて惱み伏し給ひけるにある時法眷の人々兩三輩見來りて見問上りける處に外療の人來りて土肉とらんとて膏藥に藥加へ參らせたれば今夜は常よりも痛ませ給ふ事も侍りぬらんかゝる貴き御身に心なき腫物の出來りて日數多く惱ませたる御いとをしさよ去にても今日よりは愈肉の上りて目出度快氣ましまさんを待奉る許りなるぞやとて撫勞り申しければ上人は濃寢入たる人の目打覺たる御顔ばせにて人々はみくこそ見來り給ふもの哉包みはつべき事ならねば物語して聞せ申すべきぞ誰々も近寄給ひてよ扱も此度の病惱は愚老が爲には貴き善知識なるぞや腫物の蔭にて二十年の非をしり四十年の素懷を遂たる事の嬉しさよ重病受ざりし巳前は悟りに事欠たる事もなく修行に不足もなき境界なりと思ひて修行も打捨癡面もなく供養など受會釋もなく起居振舞けるが思はずもかゝる重病に沈みて五體も煎あぐるが如く骨節も碎け離るゝ許りなれば氣遠く心塞りて墨繩衆合焦熱叫喚の苦患を縵に形體に集め上せたる心持にて悟りも見解も何地へや行ぬらん半點の力をも得ずして殘るものとては想念と苦痛とのみなりければあな口惜かく惱み苦み死したればとて誰恨むべき事にしも非ず迚助かるまじき命なるに是より正念工夫に取掛りて苦惱や勝べき工夫や勝べき心の長の及ばん程は責戰はんずものをと思ひ定めて傑烈の大志を憤起し勇猛にはげみ進けるに一度も二度も苦しく絕入る心地しけるが打返し取直して間斷もなく進みける程にいつしか戰ひ勝て晝夜のさかひもなく窠窟の隔もなくて終には打成一片の工夫現前して此十四五日以來は想念も苦惱も雲霧などのはれ失たる心持にて大安樂なるのみに非ず眞正生死不二佛魔同體の眞理に契當し唯有一乘金剛不壞の奧義に徹底したるぞかし今日より後は如何様の逆緣重障なりとも菩提を妨ぐる事はあらじと覺ゆるぞ人々も少し許りの會處得力あらんを賴み給ひて茲はの時に至つて愚老などが如く興さまし給ひぞ返〱も健ならん時に正念工夫怠り給ふべからず賢くも煩ひける事よ箇程目出度事や有べき思へば〱此度の腫物は愚老が爲には上もなき善知識ならずや然らば則ち如何なる供養をもし如何なる讚嘆をも述度思ふに次第に愈行事の名殘惜さよとて打笑給ひけるを其時隨侍申しける僧の物語しけるを聞たるぞかし
新字:古来より重病を受ながら疑団打破の人々は間多き事なるぞかし中比去老和尚の重き腫物を受給ひて背後は爛冬瓜の如く腫塞がりて目もあてられぬ病悩なりけるに湯薬食事進め参らするより外は人をも近つけ給はで目を打塞ぎて悩み伏し給ひけるにある時法眷の人々両三輩見来りて見問上りける処に外療の人来りて土肉とらんとて膏薬に薬加へ参らせたれば今夜は常よりも痛ませ給ふ事も侍りぬらんかゝる貴き御身に心なき腫物の出来りて日数多く悩ませたる御いとをしさよ去にても今日よりは愈肉の上りて目出度快気ましまさんを待奉る許りなるぞやとて撫労り申しければ上人は濃寝入たる人の目打覚たる御顔ばせにて人々はみくこそ見来り給ふもの哉包みはつべき事ならねば物語して聞せ申すべきぞ誰々も近寄給ひてよ扱も此度の病悩は愚老が為には貴き善知識なるぞや腫物の蔭にて二十年の非をしり四十年の素懐を遂たる事の嬉しさよ重病受ざりし巳前は悟りに事欠たる事もなく修行に不足もなき境界なりと思ひて修行も打捨痴面もなく供養など受会釈もなく起居振舞けるが思はずもかゝる重病に沈みて五体も煎あぐるが如く骨節も砕け離るゝ許りなれば気遠く心塞りて墨縄衆合焦熱叫喚の苦患を縵に形体に集め上せたる心持にて悟りも見解も何地へや行ぬらん半点の力をも得ずして残るものとては想念と苦痛とのみなりければあな口惜かく悩み苦み死したればとて誰恨むべき事にしも非ず迚助かるまじき命なるに是より正念工夫に取掛りて苦悩や勝べき工夫や勝べき心の長の及ばん程は責戦はんずものをと思ひ定めて傑烈の大志を憤起し勇猛にはげみ進けるに一度も二度も苦しく絶入る心地しけるが打返し取直して間断もなく進みける程にいつしか戦ひ勝て昼夜のさかひもなく窠窟の隔もなくて終には打成一片の工夫現前して此十四五日以来は想念も苦悩も雲霧などのはれ失たる心持にて大安楽なるのみに非ず真正生死不二仏魔同体の真理に契当し唯有一乗金剛不壊の奥義に徹底したるぞかし今日より後は如何様の逆縁重障なりとも菩提を妨ぐる事はあらじと覚ゆるぞ人々も少し許りの会処得力あらんを頼み給ひて茲はの時に至つて愚老などが如く興さまし給ひぞ返〱も健ならん時に正念工夫怠り給ふべからず賢くも煩ひける事よ箇程目出度事や有べき思へば〱此度の腫物は愚老が為には上もなき善知識ならずや然らば則ち如何なる供養をもし如何なる讃嘆をも述度思ふに次第に愈行事の名残惜さよとて打笑給ひけるを其時随侍申しける僧の物語しけるを聞たるぞかし
書き下し
古來より重病を受ながら疑團打破の人々は間多き事なるぞかし中比去老和尚の重き腫物を受給ひて背後は爛冬瓜の如く腫塞がりて目もあてられぬ病惱なりけるに湯藥食事進め參らするより外は人をも近つけ給はで目を打塞ぎて惱み伏し給ひけるにある時法眷の人々兩三輩見來りて見問上りける處に外療の人來りて土肉とらんとて膏藥に藥加へ參らせたれば今夜は常よりも痛ませ給ふ事も侍りぬらんかゝる貴き御身に心なき腫物の出來りて日數多く惱ませたる御いとをしさよ去にても今日よりは愈肉の上りて目出度快氣ましまさんを待奉る許りなるぞやとて撫勞り申しければ上人は濃寢入たる人の目打覺たる御顔ばせにて人々はみくこそ見來り給ふもの哉包みはつべき事ならねば物語して聞せ申すべきぞ誰々も近寄給ひてよ扱も此度の病惱は愚老が爲には貴き善知識なるぞや腫物の蔭にて二十年の非をしり四十年の素懷を遂たる事の嬉しさよ重病受ざりし巳前は悟りに事欠たる事もなく修行に不足もなき境界なりと思ひて修行も打捨癡面もなく供養など受會釋もなく起居振舞けるが思はずもかゝる重病に沈みて五體も煎あぐるが如く骨節も碎け離るゝ許りなれば氣遠く心塞りて墨繩衆合焦熱叫喚の苦患を縵に形體に集め上せたる心持にて悟りも見解も何地へや行ぬらん半點の力をも得ずして殘るものとては想念と苦痛とのみなりければあな口惜かく惱み苦み死したればとて誰恨むべき事にしも非ず迚助かるまじき命なるに是より正念工夫に取掛りて苦惱や勝べき工夫や勝べき心の長の及ばん程は責戰はんずものをと思ひ定めて傑烈の大志を憤起し勇猛にはげみ進けるに一度も二度も苦しく絕入る心地しけるが打返し取直して間斷もなく進みける程にいつしか戰ひ勝て晝夜のさかひもなく窠窟の隔もなくて終には打成一片の工夫現前して此十四五日以來は想念も苦惱も雲霧などのはれ失たる心持にて大安樂なるのみに非ず眞正生死不二佛魔同體の眞理に契當し唯有一乘金剛不壞の奧義に徹底したるぞかし今日より後は如何様の逆緣重障なりとも菩提を妨ぐる事はあらじと覺ゆるぞ人々も少し許りの會處得力あらんを賴み給ひて茲はの時に至つて愚老などが如く興さまし給ひぞ返〱も健ならん時に正念工夫怠り給ふべからず賢くも煩ひける事よ箇程目出度事や有べき思へば〱此度の腫物は愚老が爲には上もなき善知識ならずや然らば則ち如何なる供養をもし如何なる讚嘆をも述度思ふに次第に愈行事の名殘惜さよとて打笑給ひけるを其時隨侍申しける僧の物語しけるを聞たるぞかし
現代語訳
昔から、重病を受けながら疑団を打ち破った人々は多いことである。少し前、さる老和尚が重い腫れ物を患われ、背中は腐った冬瓜のように腫れふさがって、目も当てられない苦しみであったが、煎じ薬や食事を差し上げる以外は人を近づけず、目を閉じて苦しみ伏しておられた。ある時、法の仲間の人々が二、三人見舞いに来たところ、外科の者が来て、腐った肉を取ろうと膏薬に薬を加えて差し上げたので、今夜はいつもより痛まれることもございましょう。このような貴い御身に、心なき腫れ物ができて、長い日数お苦しませになるのがおいたわしい。それにしても、今日からはいよいよ肉が上がり、めでたく快方に向かわれるのを待つばかりでございます、といたわり申し上げると、上人は深く寝入った人が目を覚ましたような顔つきで、皆さんはよくお見舞いに来てくださった。隠すべきことでもないので話して聞かせよう。皆、近くに寄ってくだされ。さて、このたびの病は、愚老にとっては貴い善知識である。腫れ物のおかげで二十年の非を知り、四十年来の願いを遂げたことの嬉しさよ。重病を受ける前は、悟りに事欠くこともなく、修行にも不足のない境地だと思い込み、修行も打ち捨て、恥じる顔もなく、供養などを受けても遠慮もなく、立ち居振る舞っていた。ところが思いがけずこのような重病に沈み、五体は煎り上げられるようで、骨の節々は砕け離れるばかり、気も遠く心もふさがり、黒縄・衆合・焦熱・叫喚の地獄の苦しみを、むやみにこの体に集めたような心地で、悟りも見解もどこへ行ってしまったのか、わずかな力も得られず、残るものといえば想念と苦痛だけであった。ああ口惜しい、こうして悩み苦しんで死んだとしても、誰を恨むべきことでもない。どうせ助かるはずのない命なのだから、これから正念の工夫に取りかかり、苦痛が勝つか工夫が勝つか、気力の続く限り攻め戦おうと思い定め、激しい大志を奮い起こし、勇猛に励み進んだところ、一度も二度も苦しさに息が絶えそうな心地がしたが、持ち直して絶え間なく進むうちに、いつしか戦いに勝って、昼夜の区別もなく、巣窟の隔てもなく、ついには打成一片の工夫が現前して、この十四、五日このかたは、想念も苦痛も雲霧が晴れ失せたような心地で、ただ大安楽であるばかりでなく、まことに生死不二・仏魔同体の真理にかない、ただ一乗の金剛不壊の奥義に徹底したのである。今日より後は、どんな逆縁や重い障りがあっても、菩提を妨げることはあるまいと思われる。皆も、少しばかりの理解や得た力を頼みとして、いざという時になって、私のように興ざめな思いをなさるな。くれぐれも、健やかな時に正念の工夫を怠ってはならない。賢くも患ったものよ、これほどめでたいことがあろうか。思えば思うほど、このたびの腫れ物は愚老にとってこの上ない善知識ではないか。それならばどんな供養もし、どんな讃嘆も述べたいと思うのに、次第に癒えていくのが名残惜しいことよ、と笑われた。これは、そのとき付き従っていた僧が語るのを聞いたのである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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