遠羅天釜 / 『遠羅天釜』病中の見舞いと妄念の害
便の度毎に貴書並びに傳語者回欽禪人便りに又々芳書殊更野外珍らしき水沈一封親切の至りに候貴兄事貴境ゑ飛錫致され候も吾等勸め申し侍れば何とぞ道業怠慢なく因地一下の歡喜をも得られよがしと好便り待入候處に夏頃より氣分惡く今程延壽堂に入れ候旨旦夕案じ暮し候者回欽禪人物語りには左程の事にもこれなく發足の二三日已前に入堂致され候由如何計り嬉く存じ候氣分は如何樣の重病沉痾なりともそれは世間に打任て自分は隨分正念工夫肝要と心がけこれあるべく候病中苦患の間に仕拔たる修行は他後如何樣の逆緣に逢ても退惰これなき物の山承はり及び侍り大切の時節ぞと思して努々油斷これある間布候三十年前去る老漢病中の僧に對して物語りせられけるは世に智慧ある人の病中ほど淺猿しく物苦き事はなき事なるぞや智慧ある儘に來方ゆく末の事ども際限もなく思ひ續け看病の人の好惡を答め舊識同伴の間關を恨み生前には名聞のとげざるを愁ひ死後は長夜の苦患を恐れ鄕里を思ひては羽翰の生せざるを憤り神明に祈りては感應のをそきを瞋り目を打塞ぎて臥居たるは殊勝に物靜かなれども胸中は九國の合戰よりも騷しく心上は三塗の衆生よりも苦し三合の病に八石五斗の物思ひなるべしかく病狂れ死したらんには後の世の有樣こそ推量らるれ物思ひして藥にも養生にもなるためしならば吾々も打より手傳ひて物思ひ得させんなれども痛く物思へば心火逆らひ上り肺金痛み費へ水分枯渇し寒熱止事なく自盜の二汗は次第に繁くて果は命根も亦保ち難きに至る是皆平生の志行懶惰にして少し許りの病を妄想心の手傳ひて夥しくそだて上たるものなり然れば病に害せられたるにはあらず妄念に食殺されたるなるべし
新字:便の度毎に貴書並びに伝語者回欽禅人便りに又々芳書殊更野外珍らしき水沈一封親切の至りに候貴兄事貴境ゑ飛錫致され候も吾等勧め申し侍れば何とぞ道業怠慢なく因地一下の歓喜をも得られよがしと好便り待入候処に夏頃より気分悪く今程延寿堂に入れ候旨旦夕案じ暮し候者回欽禅人物語りには左程の事にもこれなく発足の二三日已前に入堂致され候由如何計り嬉く存じ候気分は如何様の重病沈痾なりともそれは世間に打任て自分は随分正念工夫肝要と心がけこれあるべく候病中苦患の間に仕抜たる修行は他後如何様の逆縁に逢ても退惰これなき物の山承はり及び侍り大切の時節ぞと思して努々油断これある間布候三十年前去る老漢病中の僧に対して物語りせられけるは世に智慧ある人の病中ほど浅猿しく物苦き事はなき事なるぞや智慧ある儘に来方ゆく末の事ども際限もなく思ひ続け看病の人の好悪を答め旧識同伴の間関を恨み生前には名聞のとげざるを愁ひ死後は長夜の苦患を恐れ郷里を思ひては羽翰の生せざるを憤り神明に祈りては感応のをそきを瞋り目を打塞ぎて臥居たるは殊勝に物静かなれども胸中は九国の合戦よりも騷しく心上は三塗の衆生よりも苦し三合の病に八石五斗の物思ひなるべしかく病狂れ死したらんには後の世の有様こそ推量らるれ物思ひして薬にも養生にもなるためしならば吾々も打より手伝ひて物思ひ得させんなれども痛く物思へば心火逆らひ上り肺金痛み費へ水分枯渇し寒熱止事なく自盗の二汗は次第に繁くて果は命根も亦保ち難きに至る是皆平生の志行懶惰にして少し許りの病を妄想心の手伝ひて夥しくそだて上たるものなり然れば病に害せられたるにはあらず妄念に食殺されたるなるべし
書き下し
便の度毎に貴書並びに傳語者回欽禪人便りに又々芳書殊更野外珍らしき水沈一封親切の至りに候貴兄事貴境ゑ飛錫致され候も吾等勸め申し侍れば何とぞ道業怠慢なく因地一下の歡喜をも得られよがしと好便り待入候處に夏頃より氣分惡く今程延壽堂に入れ候旨旦夕案じ暮し候者回欽禪人物語りには左程の事にもこれなく發足の二三日已前に入堂致され候由如何計り嬉く存じ候氣分は如何樣の重病沉痾なりともそれは世間に打任て自分は隨分正念工夫肝要と心がけこれあるべく候病中苦患の間に仕拔たる修行は他後如何樣の逆緣に逢ても退惰これなき物の山承はり及び侍り大切の時節ぞと思して努々油斷これある間布候三十年前去る老漢病中の僧に對して物語りせられけるは世に智慧ある人の病中ほど淺猿しく物苦き事はなき事なるぞや智慧ある儘に來方ゆく末の事ども際限もなく思ひ續け看病の人の好惡を答め舊識同伴の間關を恨み生前には名聞のとげざるを愁ひ死後は長夜の苦患を恐れ鄕里を思ひては羽翰の生せざるを憤り神明に祈りては感應のをそきを瞋り目を打塞ぎて臥居たるは殊勝に物靜かなれども胸中は九國の合戰よりも騷しく心上は三塗の衆生よりも苦し三合の病に八石五斗の物思ひなるべしかく病狂れ死したらんには後の世の有樣こそ推量らるれ物思ひして藥にも養生にもなるためしならば吾々も打より手傳ひて物思ひ得させんなれども痛く物思へば心火逆らひ上り肺金痛み費へ水分枯渇し寒熱止事なく自盜の二汗は次第に繁くて果は命根も亦保ち難きに至る是皆平生の志行懶惰にして少し許りの病を妄想心の手傳ひて夥しくそだて上たるものなり然れば病に害せられたるにはあらず妄念に食殺されたるなるべし
現代語訳
便りのたびごとに、あなたの手紙、また使いの回欽禅人に託した便りに続けて、またも御手紙を頂き、とりわけ野外では珍しい沈香の一包みまで贈られて、親切の至りである。あなたが貴地へ錫を飛ばして行かれたのも、私が勧めたことゆえ、どうか道業を怠らず、因地において一たび歓喜をも得られるように、と良い便りを待っていたところ、夏頃から気分が悪く、今は延寿堂に入っているとのこと、朝晩案じて暮らしていた。使者の回欽禅人の話では、さほどのことでもなく、出発の二、三日前に入堂されたとのことで、どれほど嬉しく思ったことか。気分はどのような重病や持病であろうとも、それは世間の成り行きに任せ、自分はひたすら正念の工夫が肝要と心がけるべきである。病中の苦しみの間にやり抜いた修行は、後にどんな逆縁に遭っても退き怠ることのないものだと聞いている。大切な時節と思って、決して油断してはならない。三十年前、さる老僧が病中の僧に向かって語られたことには、世の中で、智慧ある人の病中ほど浅ましく苦しいものはない。智慧があるばかりに、来し方行く末のことを際限なく思い続け、看病の人の好き嫌いを咎め、旧知や同伴の僧の障りを恨み、生前には名声が遂げられなかったことを愁い、死後は長夜の苦しみを恐れ、故郷を思っては翼が生えないことを憤り、神仏に祈っては霊験の遅いことに怒る。目を閉じて臥している姿は殊勝で静かに見えるが、胸中は九国の合戦よりも騒がしく、心の内は三悪道の衆生よりも苦しい。三合の病に八石五斗の物思いを加えるようなものである。このように病み狂って死んだなら、後の世の有様が思いやられる。物思いをして薬にも養生にもなるという例があるなら、私たちも寄り集まって手伝い、物思いをさせてやろうが、ひどく思い悩めば心の火が逆上し、肺が痛み損なわれ、水分は枯れ、悪寒発熱は止まず、自汗と盗汗の二つの汗は次第に多くなり、ついには命の根も保ち難くなる。これはみな、平生の志と行いが怠惰で、わずかな病を妄想心が手伝って、ひどく育て上げたものである。だから病に害されたのではなく、妄念に食い殺されたのである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
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遠羅天釜・『遠羅天釜』験者の呻きと一念成仏又或眞言家の驗者なりと聞へ給ふ法印の御房の重き傷寒を惱給ひて夜晝の分ちもをわさでうなりごめき給ひけるを弟子の小法師の小點氣なるが打聽てあの御房の日頃の氣情にも似給はず吾等を呵責し給へる時の言葉にも似給はであのうなり叫び給ふ事よとて打笑ひければ上人も打笑てやをれ小法師よ三日巳前のうめきは叫喚泥犁の苦痛三日巳後のうめきは最大微妙の法音なるぞ慢り笑ひて誹謗正法の御罸を蒙るべきぞと云はれければ小法師かへして左許り早く手の裏翻す如くに成佛ばし仕給へるに社と申しければさればとよ佛も懈怠の衆生の爲には涅槃三祇にわたり勇猛の衆生の爲には成佛一念に在と說給へるぞや去し頃病苦の堪難くて次第に性體もなく惱み行まゝに來生の業苦を恐れ生前の行相を悔て泣明しけるが思ひ直して大日不二の觀念に入目を閉齒を切りて間もなく勤め進みたれば貴やないつしか病惱は搔拭ひたる如く打消病臥たる、形骸は瑜伽微妙の寶印と現じ圖らずも金剛不壞の正體を成就し此うなりごめく聲は三密不思議の大陀羅尼と冥合し寢たる床は毘盧本有の大道場と打成四重圓壇の大漫荼羅は心上に嚴然として目前に粲爛たり嬉しや忽ち有情非情同時成道草木國土悉皆成佛の素懷をとげたるぞや小法師原が聞知べき事にしあらねどかく有難き惠日に逢たる目出度さに物語りはするぞかしとて嬉し泣に打泣〱語られけるが後には道業比類もなくをはしける山其外異國にも殊宏の湯厄蒙山の痢疾何れも病に依て道心進み給ひける人々は間多きぞかし和僧達は左許りの小病にけぎたなく云甲斐もなき有樣かななどかは昔しの人々にも劣るべきや只今死なんずとも正念工夫目出度て死に給んには眞の佛祖の兒孫たるべきぞかくいへばとて重病受んを待て參禪工夫せよとにはあらずけなげに健かならんずる人々も日夜に怠らず彼人々の如く用心したらんには十人は十人百人は百人ながら學道成就せざる事はあるまじきぞ
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