遠羅天釜 / 『遠羅天釜』君恩に報いる臣の坐禅
大凡人の臣たるの道は主君の飯を喫して主君の衣を纏主君の帶を結で主君の刀を帶水も亦他處より擔ひ來るに非ず耕ずして食ひ織ずして纏ふ身體手足髮毛爪齒總に是君恩の所成なり恁麼にして成長し來つて三四十歲に至つて主君の政事を助け專ら王佐の才を抽で君を堯舜の君にし民を堯舜の民にし專ら君恩に報答べき時到て袖裏に密に念珠をつまぐり口頭幽に佛號を唱へて出仕に懶く公務を怠り方寸の君恩に報答すべき心もなくて動もすれば病と稱して退んとす恁麼の志行にして縱ひ三年五歲陰僻の處に在て精鍊刻苦し思想盡き情念止に似たりと云へども肝膽傷み悴け心上常に恐怖多く鼠糞の落るを聞ても胸間裂るが如し大將にも諸卒にも何の專途にか立べき萬一國家の大事あらんにかゝる人々を引て一虎口の門戶を堅めたらんに敵軍潮の如くに湧き旗雲の如くに覆ひ火砲は雷の落かゝるが如く響きわたり貝鐘は山も崩るる許り轟き鳴り戈戟は氷の如く拔連たるを見聞ば飮食咽に入ず混震にふるへて手綱とる事さへ叶はで鞍つぼにすがり平て動もすれば自ら震ひ落んとす果は步兵の爲に發らる何が故ぞ斯の如くなる只是三年五歲寂點枯坐の致す處なり縱ひ熊谷平山などが如き勇士也とも斯の如く修行したらんには豈に震へざらめやこの故に祖師大悲善巧有てこの正念工夫不斷坐禪の正路を指す諸侯は朝覲國務の上へ士人は射御書數の上へ農民は耕耘犂鋤の上へ工匠は繩墨斧斤の上へ女子は紡績機織の上若是正念工夫あらば直に是諸聖の大禪定此故に經に曰資生產業皆與實相不相違背と若夫れ正念工夫無んば老狸の空穴に睡るが如けん悲むべし此道今の人乘て土の如くなる事を往々に我法二空の黑闇谷を認得て向上最上の禪なりとして日々眉を皺め額を攅て死蠶の繭中に在が如く祖庭は遙に雲煙を隔つ佛經を嫌ふ事跛鼠の猫兒を避るが如く祖錄を忌む事轄兎の虎聲を聞に似たり殊に知らず此は是二乘常沒の舊窠相似の涅槃なる事を此故に宗峰大師曰く「三年までわれも狐の穴にすむ今ばかさるゝ人も理り」と悲歎し給ひき去程に肇公は此を困魚止箔病烏栖蘆少しき安事を知て大に安事を知ずと呵し給き眞正參玄の上士は入理の淺深如何ん見道の精麁如何んに在らくのみ誰か儞が在家出家を擇ばん誰か儞が朝市山林を論せん
新字:大凡人の臣たるの道は主君の飯を喫して主君の衣を纏主君の帯を結で主君の刀を帯水も亦他処より担ひ来るに非ず耕ずして食ひ織ずして纏ふ身体手足髪毛爪歯総に是君恩の所成なり恁麼にして成長し来つて三四十歳に至つて主君の政事を助け専ら王佐の才を抽で君を堯舜の君にし民を堯舜の民にし専ら君恩に報答べき時到て袖裏に密に念珠をつまぐり口頭幽に仏号を唱へて出仕に懶く公務を怠り方寸の君恩に報答すべき心もなくて動もすれば病と称して退んとす恁麼の志行にして縦ひ三年五歳陰僻の処に在て精錬刻苦し思想尽き情念止に似たりと云へども肝胆傷み悴け心上常に恐怖多く鼠糞の落るを聞ても胸間裂るが如し大将にも諸卒にも何の専途にか立べき万一国家の大事あらんにかゝる人々を引て一虎口の門戸を堅めたらんに敵軍潮の如くに湧き旗雲の如くに覆ひ火砲は雷の落かゝるが如く響きわたり貝鐘は山も崩るる許り轟き鳴り戈戟は氷の如く抜連たるを見聞ば飲食咽に入ず混震にふるへて手綱とる事さへ叶はで鞍つぼにすがり平て動もすれば自ら震ひ落んとす果は歩兵の為に発らる何が故ぞ斯の如くなる只是三年五歳寂点枯坐の致す処なり縦ひ熊谷平山などが如き勇士也とも斯の如く修行したらんには豈に震へざらめやこの故に祖師大悲善巧有てこの正念工夫不断坐禅の正路を指す諸侯は朝覲国務の上へ士人は射御書数の上へ農民は耕耘犂鋤の上へ工匠は縄墨斧斤の上へ女子は紡績機織の上若是正念工夫あらば直に是諸聖の大禅定此故に経に曰資生産業皆与実相不相違背と若夫れ正念工夫無んば老狸の空穴に睡るが如けん悲むべし此道今の人乗て土の如くなる事を往々に我法二空の黒闇谷を認得て向上最上の禅なりとして日々眉を皺め額を攅て死蠶の繭中に在が如く祖庭は遥に雲煙を隔つ仏経を嫌ふ事跛鼠の猫児を避るが如く祖録を忌む事轄兎の虎声を聞に似たり殊に知らず此は是二乗常没の旧窠相似の涅槃なる事を此故に宗峰大師曰く「三年までわれも狐の穴にすむ今ばかさるゝ人も理り」と悲嘆し給ひき去程に肇公は此を困魚止箔病烏栖蘆少しき安事を知て大に安事を知ずと呵し給き真正参玄の上士は入理の浅深如何ん見道の精麁如何んに在らくのみ誰か儞が在家出家を択ばん誰か儞が朝市山林を論せん
書き下し
大凡人の臣たるの道は主君の飯を喫して主君の衣を纏主君の帶を結で主君の刀を帶水も亦他處より擔ひ來るに非ず耕ずして食ひ織ずして纏ふ身體手足髮毛爪齒總に是君恩の所成なり恁麼にして成長し來つて三四十歲に至つて主君の政事を助け專ら王佐の才を抽で君を堯舜の君にし民を堯舜の民にし專ら君恩に報答べき時到て袖裏に密に念珠をつまぐり口頭幽に佛號を唱へて出仕に懶く公務を怠り方寸の君恩に報答すべき心もなくて動もすれば病と稱して退んとす恁麼の志行にして縱ひ三年五歲陰僻の處に在て精鍊刻苦し思想盡き情念止に似たりと云へども肝膽傷み悴け心上常に恐怖多く鼠糞の落るを聞ても胸間裂るが如し大將にも諸卒にも何の專途にか立べき萬一國家の大事あらんにかゝる人々を引て一虎口の門戶を堅めたらんに敵軍潮の如くに湧き旗雲の如くに覆ひ火砲は雷の落かゝるが如く響きわたり貝鐘は山も崩るる許り轟き鳴り戈戟は氷の如く拔連たるを見聞ば飮食咽に入ず混震にふるへて手綱とる事さへ叶はで鞍つぼにすがり平て動もすれば自ら震ひ落んとす果は步兵の爲に發らる何が故ぞ斯の如くなる只是三年五歲寂點枯坐の致す處なり縱ひ熊谷平山などが如き勇士也とも斯の如く修行したらんには豈に震へざらめやこの故に祖師大悲善巧有てこの正念工夫不斷坐禪の正路を指す諸侯は朝覲國務の上へ士人は射御書數の上へ農民は耕耘犂鋤の上へ工匠は繩墨斧斤の上へ女子は紡績機織の上若是正念工夫あらば直に是諸聖の大禪定此故に經に曰資生產業皆與實相不相違背と若夫れ正念工夫無んば老狸の空穴に睡るが如けん悲むべし此道今の人乘て土の如くなる事を往々に我法二空の黑闇谷を認得て向上最上の禪なりとして日々眉を皺め額を攅て死蠶の繭中に在が如く祖庭は遙に雲煙を隔つ佛經を嫌ふ事跛鼠の猫兒を避るが如く祖錄を忌む事轄兎の虎聲を聞に似たり殊に知らず此は是二乘常沒の舊窠相似の涅槃なる事を此故に宗峰大師曰く「三年までわれも狐の穴にすむ今ばかさるゝ人も理り」と悲歎し給ひき去程に肇公は此を困魚止箔病烏栖蘆少しき安事を知て大に安事を知ずと呵し給き眞正參玄の上士は入理の淺深如何ん見道の精麁如何んに在らくのみ誰か儞が在家出家を擇ばん誰か儞が朝市山林を論せん
現代語訳
おおよそ人の臣たる道は、主君の飯を食べ、主君の衣をまとい、主君の帯を結び、主君の刀を帯びることである。水もまた他所から担ってくるのではなく、耕さずに食い、織らずに着て、身体・手足・髪・爪・歯のすべてが君恩によってできている。このように成長してきて三、四十歳に至り、主君の政事を助け、ひたすら王を補佐する才を発揮して、君を堯舜のような君にし民を堯舜の民にし、ひたすら君恩に報いるべき時が来たのに、袖の中でひそかに数珠をつまぐり、口先でかすかに仏名を唱えて、出仕を億劫がり公務を怠り、わずかも君恩に報いる心もなく、ともすれば病と称して退こうとする。このような志と行いで、たとえ三年五年、人里離れた所で精錬刻苦して、思想が尽き情念が止まったように見えても、肝や胆は傷み衰え、心の上には常に恐怖が多く、ねずみの糞が落ちるのを聞いても胸が裂けるようである。大将にも諸卒にも、いったい何の用に立とうか。万一、国家に大事があって、こうした人々を引き連れて虎口の門戸を固めたなら、敵軍は潮のように湧き、旗は雲のように覆い、火砲は雷が落ちかかるように響き渡り、貝や鐘は山も崩れるばかりに轟き鳴り、戈や戟は氷のように連なって抜き放たれているのを見聞きすれば、飲食は喉を通らず、全身が震えて手綱を取ることさえできず、鞍の前輪にすがりついて、ともすれば自ら震え落ちそうになり、ついには歩兵に射られる。なぜこのようになるのか。ただこれは三年五年の、寂然たる枯坐の致すところである。たとえ熊谷・平山などのような勇士であっても、このように修行したなら、どうして震えないことがあろう。そのため祖師は大いなる慈悲と巧みな方便をもって、この正念工夫・不断坐禅の正しい道を指し示された。諸侯は朝覲・国務の上に、士人は射・御・書・数の上に、農民は耕作・犂や鋤の上に、職人は墨縄・斧の上に、女子は紡績・機織りの上に、もしこの正念工夫があれば、そのまま諸聖の大禅定である。このゆえに経にいう、「資生産業はみな実相と相違背せず」と。もし正念工夫がなければ、老いた狸が空の穴で眠るようなものである。悲しいことだ、この道を今の人は、土くれのように軽んじている。往々に、我法二空の暗黒の谷間を会得したものと思って、向上最上の禅だとし、日々に眉をひそめ額を寄せて、死んだ蚕が繭の中にいるようで、祖師の庭は遥か雲霞の彼方に隔たっている。仏経を嫌うこと、足の悪い鼠が子猫を避けるようで、祖録を忌むこと、繋がれた兎が虎の声を聞くようである。とりわけ、これは二乗が常に沈没する古巣、涅槃に似て非なるものであることを知らない。このゆえに宗峰大師は言われた、「三年まで我も狐の穴に住む、今ばかさるる人も理なり」と悲嘆なさった。そのため肇公は、これを困った魚が簀の上にとどまり、病んだ烏が葦に棲むのにたとえ、少しの安らぎを知って大きな安らぎを知らない、と叱られた。真正に玄を参ずる上士は、入理の浅深がどうか、見道の精粗がどうかにあるだけである。誰があなたの在家か出家かを選ぼう。誰があなたの朝市か山林かを論じよう。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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