遠羅天釜 / 『遠羅天釜』宰相の坐禅と在家の見道
古への相國公美大夫陸亘尙書陳操都尉李公楊公大年張公無盡等の諸君子の如きは見性わが掌上を見るが如く參玄わが肺腑より出るが如し佛海の深源底を蹈翻し禪河の毒波浪を並呑す智鑑高明識量寛大閑神恐れ去り野鬼悲み潛む各々朝廷の政事を助けて天下を泰山の安きにをく誰かその堂奧を見ん張公の如きは官宰輔にのぼり位人臣の頂を極む王佐の才豐にして君信じ臣貴み士敬し民懷く天膏雨を下し君淋字を賜ふ壽き百齡に近ふして澤を四海に流へ民堯年の秋に傲り人舜日の暄を負ふ上君恩に報答し傍ら法寶を鎭護す寔に天下の人傑なり此故に言在家成道張無盡食祿究禪楊大年と實に千歲の美談ならずや蘇內翰黃魯直張子成張天樂郭功市等其餘の老夫が未だ見聞せざる底の諸君子豈にそれ際限あらんや見道各々林下の人に超過す常に萬機の政務を佐け肩を萬國の衣冠に交へて銀魚金龜の朱紫貴海中に立禮樂射御の間だ進退揖讓の席に臨て片時も道情を打失する事なく遂に祖庭の玄微に徹證すこれ皆正念工夫不斷坐禪の靈驗ならずや佛道微妙の深恩ならずや祖庭孤危の威德ならずや彼の默照枯坐を足れりとし心源靜寂を禪なりとして丘窒に餓死する底の類と窣に霄壤の間なりこれ謂ゆる尖兎を得ざるのみに非ず鷹子も亦打失する者に非ずや何が故ぞ徒に見性する事能はざるのみに非ず主恩も亦癈す太だ憐むべし寔に知る得力の淺深は進趣の當否に依る事を工夫若し一人と萬人と戰ふ底の氣力あらば豈にそれ林下と室家とを擇ばんや若それ見道は特り林下の人のみに任といはば民の父母たると人の臣たると人の子たるとは望を其間に絶んか縱ひ林下に在とも道業密ならず志念純ならずんば何ぞ室家に異ならん縱ひ又室家に在とも志願濃厚に操履堅實ならば何ぞ林下に異ならんや此の故に言「思ひ入る心の中に道しあらばよしや芳野の山ならずとも」
新字:古への相国公美大夫陸亘尚書陳操都尉李公楊公大年張公無尽等の諸君子の如きは見性わが掌上を見るが如く参玄わが肺腑より出るが如し仏海の深源底を蹈翻し禅河の毒波浪を並呑す智鑑高明識量寛大閑神恐れ去り野鬼悲み潜む各々朝廷の政事を助けて天下を泰山の安きにをく誰かその堂奥を見ん張公の如きは官宰輔にのぼり位人臣の頂を極む王佐の才豊にして君信じ臣貴み士敬し民懐く天膏雨を下し君淋字を賜ふ寿き百齢に近ふして沢を四海に流へ民堯年の秋に傲り人舜日の暄を負ふ上君恩に報答し傍ら法宝を鎮護す寔に天下の人傑なり此故に言在家成道張無尽食禄究禅楊大年と実に千歳の美談ならずや蘇内翰黄魯直張子成張天楽郭功市等其余の老夫が未だ見聞せざる底の諸君子豈にそれ際限あらんや見道各々林下の人に超過す常に万機の政務を佐け肩を万国の衣冠に交へて銀魚金亀の朱紫貴海中に立礼楽射御の間だ進退揖譲の席に臨て片時も道情を打失する事なく遂に祖庭の玄微に徹証すこれ皆正念工夫不断坐禅の霊験ならずや仏道微妙の深恩ならずや祖庭孤危の威徳ならずや彼の黙照枯坐を足れりとし心源静寂を禅なりとして丘窒に餓死する底の類と窣に霄壤の間なりこれ謂ゆる尖兎を得ざるのみに非ず鷹子も亦打失する者に非ずや何が故ぞ徒に見性する事能はざるのみに非ず主恩も亦癈す太だ憐むべし寔に知る得力の浅深は進趣の当否に依る事を工夫若し一人と万人と戦ふ底の気力あらば豈にそれ林下と室家とを択ばんや若それ見道は特り林下の人のみに任といはば民の父母たると人の臣たると人の子たるとは望を其間に絶んか縦ひ林下に在とも道業密ならず志念純ならずんば何ぞ室家に異ならん縦ひ又室家に在とも志願濃厚に操履堅実ならば何ぞ林下に異ならんや此の故に言「思ひ入る心の中に道しあらばよしや芳野の山ならずとも」
書き下し
古への相國公美大夫陸亘尙書陳操都尉李公楊公大年張公無盡等の諸君子の如きは見性わが掌上を見るが如く參玄わが肺腑より出るが如し佛海の深源底を蹈翻し禪河の毒波浪を並呑す智鑑高明識量寛大閑神恐れ去り野鬼悲み潛む各々朝廷の政事を助けて天下を泰山の安きにをく誰かその堂奧を見ん張公の如きは官宰輔にのぼり位人臣の頂を極む王佐の才豐にして君信じ臣貴み士敬し民懷く天膏雨を下し君淋字を賜ふ壽き百齡に近ふして澤を四海に流へ民堯年の秋に傲り人舜日の暄を負ふ上君恩に報答し傍ら法寶を鎭護す寔に天下の人傑なり此故に言在家成道張無盡食祿究禪楊大年と實に千歲の美談ならずや蘇內翰黃魯直張子成張天樂郭功市等其餘の老夫が未だ見聞せざる底の諸君子豈にそれ際限あらんや見道各々林下の人に超過す常に萬機の政務を佐け肩を萬國の衣冠に交へて銀魚金龜の朱紫貴海中に立禮樂射御の間だ進退揖讓の席に臨て片時も道情を打失する事なく遂に祖庭の玄微に徹證すこれ皆正念工夫不斷坐禪の靈驗ならずや佛道微妙の深恩ならずや祖庭孤危の威德ならずや彼の默照枯坐を足れりとし心源靜寂を禪なりとして丘窒に餓死する底の類と窣に霄壤の間なりこれ謂ゆる尖兎を得ざるのみに非ず鷹子も亦打失する者に非ずや何が故ぞ徒に見性する事能はざるのみに非ず主恩も亦癈す太だ憐むべし寔に知る得力の淺深は進趣の當否に依る事を工夫若し一人と萬人と戰ふ底の氣力あらば豈にそれ林下と室家とを擇ばんや若それ見道は特り林下の人のみに任といはば民の父母たると人の臣たると人の子たるとは望を其間に絶んか縱ひ林下に在とも道業密ならず志念純ならずんば何ぞ室家に異ならん縱ひ又室家に在とも志願濃厚に操履堅實ならば何ぞ林下に異ならんや此の故に言「思ひ入る心の中に道しあらばよしや芳野の山ならずとも」
現代語訳
昔の相国の公美大夫、陸亘尚書、陳操都尉、李公、楊公大年、張公無尽らの諸君子のような人は、見性は自分の掌を見るようであり、参玄は自分の肺腑から出るようである。仏海の深い源底を踏みひっくり返し、禅河の毒の波浪を併せ呑む。智の鑑は高く明らかで、識量は広大、閑神は恐れ去り、野鬼は悲しんで潜む。それぞれ朝廷の政事を助けて、天下を泰山のような安きに置く。誰がその奥義を見極めようか。張公のごときは、官は宰相に上り、位は人臣の頂を極め、王を補佐する才は豊かで、君は信じ臣は貴び士は敬い民は慕い、天は恵みの雨を降らせ、君は詔を賜い、寿は百歳に近く、恩沢は四海に流れ、民は堯の時代の秋に誇り、人は舜の日の暖かさを背に受ける。上は君恩に報い、傍ら仏法の宝を鎮護する。まことに天下の人傑である。このゆえに「在家で道を成ずるは張無尽、禄を食みながら禅を究めるは楊大年」と言う。実に千年の美談ではないか。蘇内翰・黄魯直・張子成・張天楽・郭功市ら、その他、私がまだ見聞きしていない諸君子も、どうして際限があろうか。見道はそれぞれ林下の人に勝っている。常に万機の政務を助け、肩を万国の衣冠と並べ、銀魚・金亀の朱や紫の高官の貴人の列に立ち、礼楽射御の間、進退・揖譲の席に臨んでも、片時も道情を失うことなく、ついには祖庭の玄微に徹底して証した。これはみな正念工夫・不断坐禅の霊験ではないか。仏道の微妙な深恩ではないか。祖庭の孤高にして険しい威徳ではないか。あの黙照枯坐を十分とし、心源の静寂を禅だとして、丘や穴で餓死する類とは、まったく天地の隔たりである。これこそ、いわゆる兎を得ないばかりか、鷹まで失う者ではないか。なぜか。むなしく見性することができないばかりか、主君の恩もまた廃してしまうからである。まことに憐れむべきである。実に知る、得力の深浅は進む方向の当否によることを。工夫がもし一人で万人と戦うほどの気力があるなら、どうして林下と家庭とを選ぶことがあろうか。もし見道はひとり林下の人にだけ任されるというなら、民の父母たること、人の臣たること、人の子たることは、その望みを絶たれるだろう。たとえ林下にあっても、道業が緻密でなく、志念が純一でないなら、どうして家庭と異なろうか。たとえまた家庭にあっても、志願が濃厚で、行いが堅実であるなら、どうして林下と異なろうか。このゆえに言う、「思ひ入る心の中に道しあらばよしや芳野の山ならずとも」と。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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