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翁問答 / 下卷之本

曾子曰戰陣無勇、非孝也、この賢範の心は、恩にむくひ義理をたつるが孝德の感通なり、君のおんは親の恩にひとしき廣大なる恩德なり、忠臣はかならず孝子の門より出るものなれば、孝徳あきらかなるものは必ず戰陣に於て武篇をはげみ武功をたつるものなり、もしつねづね孝行忠節のふりありても、戰陣に於て武篇のはげみなきは、眞實の孝行にあらずと、いましめはげます義なり、程子武學制に孝經を添いれめされたり、此心は恩をむくひ義理をたつる事を知らざるものは生れつきけなげにても主君の用にたちがたし、却て味方のわざはひになるものなり、しかるによつて孝經をおしへ、恩にむくい義理をたつる本心をあきらかにさせ、血氣の勇を化して仁義の勇となすべきためなり、よくよく體認して孝行の端的を得心あるべし。

新字:曽子曰戦陣無勇、非孝也、この賢範の心は、恩にむくひ義理をたつるが孝徳の感通なり、君のおんは親の恩にひとしき広大なる恩徳なり、忠臣はかならず孝子の門より出るものなれば、孝徳あきらかなるものは必ず戦陣に於て武篇をはげみ武功をたつるものなり、もしつねづね孝行忠節のふりありても、戦陣に於て武篇のはげみなきは、真実の孝行にあらずと、いましめはげます義なり、程子武学制に孝経を添いれめされたり、此心は恩をむくひ義理をたつる事を知らざるものは生れつきけなげにても主君の用にたちがたし、却て味方のわざはひになるものなり、しかるによつて孝経をおしへ、恩にむくい義理をたつる本心をあきらかにさせ、血気の勇を化して仁義の勇となすべきためなり、よくよく体認して孝行の端的を得心あるべし。

書き下し

曽子曰く、戦陣に勇無きは孝に非ざるなり、この賢範の心は、恩にむくひ義理をたつるが孝徳の感通なり、君のおんは親の恩にひとしき広大なる恩徳なり、忠臣はかならず孝子の門より出るものなれば、孝徳あきらかなるものは必ず戦陣に於て武篇をはげみ武功をたつるものなり、もしつねづね孝行忠節のふりありても、戦陣に於て武篇のはげみなきは、真実の孝行にあらずと、いましめはげます義なり、程子武学制に孝経を添いれめされたり、此心は恩をむくひ義理をたつる事を知らざるものは生れつきけなげにても主君の用にたちがたし、却て味方のわざはひになるものなり、しかるによつて孝経をおしへ、恩にむくい義理をたつる本心をあきらかにさせ、血気の勇を化して仁義の勇となすべきためなり、よくよく体認して孝行の端的を得心あるべし。

現代語訳

曾子は「戦陣に勇がないのは孝ではない」と言った。この賢者の模範の心は、恩に報い義理を立てるのが孝徳の感通だということである。主君の恩は親の恩に等しい広大な恩徳である。忠臣は必ず孝子の家から出るものであるから、孝徳の明らかな者は必ず戦陣において武篇を励み、武功を立てるのである。もし平素は孝行忠節のふりがあっても、戦陣で武篇の励みがないのは本当の孝行ではないと、戒め励ます義である。程子は武学の制度に孝経を添え入れられた。その心は、恩に報い義理を立てることを知らない者は、生まれつき勇ましくても主君の役に立ちにくく、かえって味方の災いになるものだからである。そこで孝経を教え、恩に報い義理を立てる本心を明らかにさせ、血気の勇を化して仁義の勇とするためである。よくよく体認して孝行の端的を納得するがよい」。

解説

曾子の「戦陣に勇無きは孝に非ず」は礼記などに伝わる言葉で、藤樹はこれを孝が恩に報い義理を立てる働きとして外へ広がる証しと読む。主君の恩は親の恩に等しく、忠臣は孝子の家から出るのだから、真の孝は危急の場で勇となって現れる。さらに程子が武学に孝経を加えた例を引き、恩義を知らない勇者はかえって味方の災いになると説く。血気の勇を仁義の勇に化すのが学問の役目である。能力や勢いだけの人材は危うい。恩を知り義理を守る土台があってこそ、強さは組織を支える力になる。

この章句が説くこと

孝忠勇仁義孝経曽子

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