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翁問答 / 下卷之本

武篇は忠孝の一色にして、孝忠の心眞實なれば、必武篇つよきものなり、此ことわりを辯へぬれば、武篇のたしなみばかり士道にして、仁義を行ふは士道にあらずと云る迷あきらめ易し、その上親にそむき君に謀叛して惡逆をもつばらとして、士の道もたち國も治まりぬる事、むかしも今もそのためしなけれど、仁義の道をすてゝ士の道もたち世も治まりたるなどいへるも片腹いたきことなるべし、さて又仁義の道にそむきて、欲のためにはたらく勇は、むほん人ぬす人にして武篇にあらず、しかるを何の吟味もなく、いかつにたけく腕だてをして人を殺す事を好むを、武篇のたしなみと心得ぬるは、あさましくなげかはしきことなるべし。

新字:武篇は忠孝の一色にして、孝忠の心真実なれば、必武篇つよきものなり、此ことわりを弁へぬれば、武篇のたしなみばかり士道にして、仁義を行ふは士道にあらずと云る迷あきらめ易し、その上親にそむき君に謀叛して悪逆をもつばらとして、士の道もたち国も治まりぬる事、むかしも今もそのためしなけれど、仁義の道をすてゝ士の道もたち世も治まりたるなどいへるも片腹いたきことなるべし、さて又仁義の道にそむきて、欲のためにはたらく勇は、むほん人ぬす人にして武篇にあらず、しかるを何の吟味もなく、いかつにたけく腕だてをして人を殺す事を好むを、武篇のたしなみと心得ぬるは、あさましくなげかはしきことなるべし。

書き下し

武篇は忠孝の一色にして、孝忠の心真実なれば、必武篇つよきものなり、此ことわりを弁へぬれば、武篇のたしなみばかり士道にして、仁義を行ふは士道にあらずと云る迷あきらめ易し、その上親にそむき君に謀叛して悪逆をもつばらとして、士の道もたち国も治まりぬる事、むかしも今もそのためしなけれど、仁義の道をすてゝ士の道もたち世も治まりたるなどいへるも片腹いたきことなるべし、さて又仁義の道にそむきて、欲のためにはたらく勇は、むほん人ぬす人にして武篇にあらず、しかるを何の吟味もなく、いかつにたけく腕だてをして人を殺す事を好むを、武篇のたしなみと心得ぬるは、あさましくなげかはしきことなるべし。

現代語訳

(師は続けた。)「武篇は忠孝の一つの現れであって、孝忠の心が真実であれば必ず武篇も強いものである。この道理をわきまえれば、武篇のたしなみだけが士道で、仁義を行うのは士道ではないという迷いは晴れやすい。そのうえ、親に背き君に謀叛して悪逆をもっぱらにしながら士の道も立ち国も治まったということは、昔も今もその例がないのに、仁義の道を捨てて士の道も立ち世も治まったなどと言うのも笑止なことである。さてまた仁義の道に背いて欲のために働く勇は、謀叛人・盗人であって武篇ではない。それなのに何の吟味もなく、荒々しく猛く腕立てをして人を殺すことを好むのを武篇のたしなみと心得るのは、あさましく嘆かわしいことであろう。」

解説

藤樹は武勇を仁義から切り離さない。本物の武篇は忠孝の心の一つの現れであり、心が真実なら勇気は自ずと出る。逆に、仁義に背いて欲のために振るう力は、どれほど強くても謀叛人や盗人の勇にすぎない。荒々しさや腕力を誇ることを武士のたしなみと思い込む風潮を、藤樹は厳しく退ける。成果を上げる強さと、何のためにその力を使うかという動機は切り離せない。強引さや攻撃性を有能さと取り違えがちな職場に、力の正しい源を問う一節である。

この章句が説くこと

武篇忠孝仁義勇士道

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