翁問答 / 上卷之末
しかれども其善にして惡なき枝葉のうちに精粗の差別あり、其うちのすぐれたる極上を精と云そのうちのくずを粗といふ、精粗の二字にて君子小人鳳凰麒麟鳶鴉などのかたちの高下をさだめ、さて精粗の人物のおこなふところを天命の本然神理のかゝみにうつして、善惡のさたをきはむるなり、本來あくといふものはなきものなれども、粗なるかたちの偏よりいで來るものなれば、惡を諸木の奇生にたとへたり、太虛のうち形あるほどのものに精粗のわかちなきものはなし日と月と星は天の精なり、辰は、天の粗なり、物を生ずる山と田畠は地の精なり、はげやまと不毛の原野は地の粗なり、聖賢君子は人の精なり、愚痴不肖は人の粗なり、鸞鳳は鳥の精なり、とび烏は鳥の粗なり、麒麟は獸の精なり、きつね狸は獸の粗なり、芝蘭はくさの精なり、名もなき野草は草の粗なり、沈香梅檀は木の精なり、雜木は木の粗なり、
新字:しかれども其善にして悪なき枝葉のうちに精粗の差別あり、其うちのすぐれたる極上を精と云そのうちのくずを粗といふ、精粗の二字にて君子小人鳳凰麒麟鳶鴉などのかたちの高下をさだめ、さて精粗の人物のおこなふところを天命の本然神理のかゝみにうつして、善悪のさたをきはむるなり、本来あくといふものはなきものなれども、粗なるかたちの偏よりいで来るものなれば、悪を諸木の奇生にたとへたり、太虚のうち形あるほどのものに精粗のわかちなきものはなし日と月と星は天の精なり、辰は、天の粗なり、物を生ずる山と田畠は地の精なり、はげやまと不毛の原野は地の粗なり、聖賢君子は人の精なり、愚痴不肖は人の粗なり、鸞鳳は鳥の精なり、とび烏は鳥の粗なり、麒麟は獣の精なり、きつね狸は獣の粗なり、芝蘭はくさの精なり、名もなき野草は草の粗なり、沈香梅檀は木の精なり、雑木は木の粗なり、
書き下し
しかれども其善にして悪なき枝葉のうちに精粗の差別あり、其うちのすぐれたる極上を精と云そのうちのくずを粗といふ、精粗の二字にて君子小人鳳凰麒麟鳶鴉などのかたちの高下をさだめ、さて精粗の人物のおこなふところを天命の本然神理のかゝみにうつして、善悪のさたをきはむるなり、本来あくといふものはなきものなれども、粗なるかたちの偏よりいで来るものなれば、悪を諸木の奇生にたとへたり、太虚のうち形あるほどのものに精粗のわかちなきものはなし日と月と星は天の精なり、辰は、天の粗なり、物を生ずる山と田畠は地の精なり、はげやまと不毛の原野は地の粗なり、聖賢君子は人の精なり、愚痴不肖は人の粗なり、鸞鳳は鳥の精なり、とび烏は鳥の粗なり、麒麟は獣の精なり、きつね狸は獣の粗なり、芝蘭はくさの精なり、名もなき野草は草の粗なり、沈香梅檀は木の精なり、雑木は木の粗なり、
現代語訳
しかしながら、その善であって悪のない枝葉の中に、精と粗の区別がある。その中のすぐれた極上を精といい、その中のくずを粗という。精粗の二字で君子・小人・鳳凰・鳶鴉などの形の高下を定め、そのうえで精粗の人や物の行うところを、天命の本然である神理の鏡に映して、善悪の取り沙汰をきわめるのである。本来、悪というものはないものであるが、粗な形の偏りから出てくるものであるから、悪を諸木の寄生(やどりぎ)にたとえたのである。太虚のうちで形のあるものに、精粗の分かれのないものはない。日と月と星は天の精であり、辰(星宿の位置)は天の粗である。物を生じる山と田畑は地の精であり、はげ山と不毛の原野は地の粗である。聖賢君子は人の精であり、愚痴不肖は人の粗である。鸞や鳳は鳥の精であり、鳶や烏は鳥の粗である。麒麟は獣の精であり、狐や狸は獣の粗である。芝や蘭は草の精であり、名もない野草は草の粗である。沈香や栴檀は木の精であり、雑木は木の粗である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之三一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
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国語・周語下敬王の十年、劉文公(りゅうぶんこう)と萇弘(ちょうこう)と周に城かんと欲し、之が為に晋に告ぐ。魏献子(ぎけんし)政を為し、萇弘を説(よろこ)びて之に与し、将に諸侯を合わせんとす。 衛の彪傒(ひょうけい)周に適き、之を聞き、単穆公に見えて曰く、「萇・劉其れ歿(お)えざらんか。周詩に之れ有りて曰く、『天の支うる所は、壊るべからざるなり。其の壊る所は、亦支うべからざるなり』と。昔武王殷に克ちて、此の詩を作るや、以て飫歌(よか)と為し、之に名づけて『支』と曰い、以て後の人に遺し、永く監(かんが)みしむ。夫れ礼の立ちて成る者を飫と為す。大節を昭明にするのみ、少典之に与る。是を以て之が為に日に惕(おそ)る、其れ民に教えて戒めしめんと欲するなり。然れば則ち夫の『支』の道う所の者は、必ず尽く天地の為を知るなり。然らずんば、以て後の人に遺すに足らず。今萇・劉は天の壊る所を支えんと欲す、亦難からずや。幽王よりして天其の明を奪い、迷乱して徳を棄て、慆淫(とういん)に即(つ)かしめ、以て其の百姓を亡う。其の之を壊るや久し。而るに又将に之を補わんとす、殆ど不可なり。水火の犯す所すら、猶お救うべからず、而るを況んや天をや。諺に曰く、『善に従うは登るが如く、悪に従うは崩るるが如し』と。昔孔甲(こうこう)夏を乱し、四世にして隕(お)つ。玄王(げんおう)商に勤め、十有四世にして興る。帝甲之を乱し、七世にして隕つ。后稷周に勤め、十有五世にして興る。幽王之を乱し、十有四世なり。府を守るを之れ多しと謂う、胡(なん)ぞ興すべけんや。夫れ周は、高山・広川・大藪なり、故に能く是の良材を生ず。而るに幽王蕩(とう)して以て魁陵(かいりょう)・糞土・溝瀆と為す。其れ悛(あらた)むること有らんや」と。 単子曰く、「其の咎孰(いず)れか多き」と。曰く、「萇叔必ず速やかに及ばん。将に天を道を以て補わんとする者なり。夫れ天道は可を導きて否を省く。萇叔是に反し、以て劉子を誑(あざむ)く。必ず三殃有らん。天に違う、一なり。道に反す、二なり。人を誑く、三なり。周若し咎無くんば、萇叔必ず戮せられん。晋の魏子と雖も亦将に及ばんとす。若し天の福を得ば、其れ身に当たらんか。劉氏の若きは、則ち必ず子孫実に禍い有らん。夫の子にして常法を棄て、以て其の私欲に従い、巧変を用いて以て天災を崇(たか)め、百姓を勤(くる)しめて以て己の名と為す。其の殃大なり」と。 是の歳や、魏献子諸侯の大夫を狄泉(てきせん)に合わせ、遂に大陸に田して、焚けて死す。范・中行の難に及び、萇弘之に与す。晋人以て討を為し、二十八年、萇弘を殺す。定王に及びて、劉氏亡ぶ。
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『呻吟語』外篇・人情・死亡の時人を欺き得ず人己の善を說けば則ち喜び、人己の過ちを說けば則ち怒る。自家の善惡は自家真に知る。禍敗の時を待たば人を欺き得ず。人體の實を說けば則ち喜び、人體の虛を說けば則ち怒る。自家の病痛は自家獨り覺ゆ。死亡の時に到らば人を欺き得ず。
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『呻吟語』内篇・修身・寧ろ禍あるも惡を為すを肯んぜず善なる者は必ずしも福ならず、惡なる者は必ずしも禍ならず。君子は稔に之を知る。寧ろ禍あるも惡を為すを肯んぜず。忠直なる者は窮し、諛佞なる者は通ず。君子は稔に之を知る。寧ろ窮するも佞を為すを肯んぜず。但だ理に當然有るを知るのみに非ず、亦た其の心に已む容からざる所有るのみ。
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『正法眼蔵随聞記』巻四文に云く、ほめて白品の中にあるを善と云ふ、そしりて黒品の中におくを悪と云ふと、亦云く、苦を受くべきを悪と云ふ、楽をまねくべきを善と云ふと、かくの如く子細に分別して、真実の善を見て行し、真実の悪を見てすつべきなり、僧は清浄の中より来れるものなれば、人の欲を起すまじきものを以てよしとし、きよきとするなり、示して云く、
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云く、善悪と云ふこと定め難し、世間の人は綾羅錦繡をきたるをよしと云ふ、麁布糞掃衣をわるしと云ふ、仏法には此れをよしとし、清しとし、金銀錦綾をわるしとし、けがれたりとす、かくの如く、一切のことにわたりて皆然り、予が如きも、聊か韻声をとゝのへ、文字をかきすぐるゝを、俗人等は尋常ならぬことに云もあり、亦有人は出家学道の身としてかくの如きのこと知れるとそしる人もあり、いづれをか定めて善として取り、悪としてすつへきぞ、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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