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翁問答 / 上卷之末

血氣の勇は道理無理義不義の辨へなく、只かたむきに猛くして人にかち、物をおそれざるばかりなれば、虎狼のふるまひいと淺ましく、位あるものは亂を起し、貧ものはぬす人をなすさて又欲心深きゆへに欲の爲におそるゝ心、おく病ものゝ死を恐るゝに異ならず、血氣の勇者は畢竟欲を本とするゆへに、勝いくさには武勇をはげみ、忠節のふり一段見事なれども、敗軍の時はその主君を捨てゝ淺ましき振舞ある武篇者古來多し、かくの如くなれば只血氣ばかりの勇にして、義理の用にたゝされば血氣の勇といふ、血氣の猛きばかりにて、欲のおそれ深ければ、三才一貫の大道を行ふ用には立ずして、小體血氣の役に立ばかりなれば、大勇小勇とも名けたり。

新字:血気の勇は道理無理義不義の弁へなく、只かたむきに猛くして人にかち、物をおそれざるばかりなれば、虎狼のふるまひいと浅ましく、位あるものは乱を起し、貧ものはぬす人をなすさて又欲心深きゆへに欲の為におそるゝ心、おく病ものゝ死を恐るゝに異ならず、血気の勇者は畢竟欲を本とするゆへに、勝いくさには武勇をはげみ、忠節のふり一段見事なれども、敗軍の時はその主君を捨てゝ浅ましき振舞ある武篇者古来多し、かくの如くなれば只血気ばかりの勇にして、義理の用にたゝされば血気の勇といふ、血気の猛きばかりにて、欲のおそれ深ければ、三才一貫の大道を行ふ用には立ずして、小体血気の役に立ばかりなれば、大勇小勇とも名けたり。

書き下し

血気の勇は道理無理義不義の弁へなく、只かたむきに猛くして人にかち、物をおそれざるばかりなれば、虎狼のふるまひいと浅ましく、位あるものは乱を起し、貧ものはぬす人をなすさて又欲心深きゆへに欲の為におそるゝ心、おく病ものゝ死を恐るゝに異ならず、血気の勇者は畢竟欲を本とするゆへに、勝いくさには武勇をはげみ、忠節のふり一段見事なれども、敗軍の時はその主君を捨てゝ浅ましき振舞ある武篇者古来多し、かくの如くなれば只血気ばかりの勇にして、義理の用にたゝされば血気の勇といふ、血気の猛きばかりにて、欲のおそれ深ければ、三才一貫の大道を行ふ用には立ずして、小体血気の役に立ばかりなれば、大勇小勇とも名けたり。

現代語訳

「血気の勇は、道理と無理、義と不義のわきまえがなく、ただ一方的に猛々しくて人に勝ち、物を恐れないばかりであるから、虎や狼のような振る舞いでまことに浅ましく、位のある者は乱を起こし、貧しい者は盗人になる。さてまた欲心が深いので、欲のために恐れる心は、臆病者が死を恐れるのと変わらない。血気の勇者は結局欲を本とするので、勝ち戦には武勇に励み、忠節のふりもひときわ見事であるが、負け戦のときはその主君を捨てて浅ましい振る舞いをする武辺者が昔から多い。このようであるから、ただ血気ばかりの勇であって義理の用には立たないので血気の勇という。血気の猛々しさばかりで欲の恐れが深いので、三才一貫の大道を行う役には立たず、小さな血気の役に立つばかりであるから、大勇に対して小勇とも名づけた。」

解説

血気の勇の正体を、欲に根ざす点から明らかにする後半である。血気の勇者は猛々しく見えても、その根に欲があるため、勝ち戦では勇ましく、負け戦では主君を捨てて逃げるという。外から見える勇ましさと、内にある恐れが同居しているのである。戦国の気風がなお残る時代に、藤樹は武士の勇を内面から問い直した。業績が好調なときだけ威勢がよく、苦境になると責任を回避する姿は、組織でも見覚えがあるだろう。順境と逆境の両方で態度が変わらないかどうかが、勇気の真偽を測る物差しである。

この章句が説くこと

勇血気小勇欲義理忠節

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