日本伝守行矩 / 本文・守行の大段を知らず志が折れる理由
○道の本躰を知り、眞敎による時は、修して至らざるといふ事なし、しかれども守行の大段をわきまへざる時は、勞して功なく、偶然として得る所なし、初志を起すこと、堅固ならざれば、なかばにして折く、敎のよりがたく、道の會がたきによつてなり、凡て物始に見るときは、知りやすく會しやすきに似たり、己をはなれて見ればなり、人々これを以て、容易の事として修す、修するは自からなすなり、我なすの日に至ては、聞く所會しがたく、しばらく會するに似たるも、日を經て失す、前路は遙かにして、後途知るべからず、物を以て事に及す時は違ひ、事を以て人を論ずれば、其實を失ふ、進退所なく、今修する所、また吾有となるにかたし、爰におゐて、不可及ことゝし、修して益なしと思へり、飜然として初志を折て、引去て道を見ると、仇讐の如し、愚なるにあらず、財なきにあらず、唯道を修するの大段を知らず、他の雜藝の業以て進むものとひとしと、見るによれり、守者よく辨ぜずんばあるべからず、
新字:○道の本体を知り、真教による時は、修して至らざるといふ事なし、しかれども守行の大段をわきまへざる時は、労して功なく、偶然として得る所なし、初志を起すこと、堅固ならざれば、なかばにして折く、教のよりがたく、道の会がたきによつてなり、凡て物始に見るときは、知りやすく会しやすきに似たり、己をはなれて見ればなり、人々これを以て、容易の事として修す、修するは自からなすなり、我なすの日に至ては、聞く所会しがたく、しばらく会するに似たるも、日を経て失す、前路は遥かにして、後途知るべからず、物を以て事に及す時は違ひ、事を以て人を論ずれば、其実を失ふ、進退所なく、今修する所、また吾有となるにかたし、爰におゐて、不可及ことゝし、修して益なしと思へり、翻然として初志を折て、引去て道を見ると、仇讐の如し、愚なるにあらず、財なきにあらず、唯道を修するの大段を知らず、他の雑芸の業以て進むものとひとしと、見るによれり、守者よく弁ぜずんばあるべからず、
書き下し
○道の本躰を知り、眞敎による時は、修して至らざるといふ事なし、しかれども守行の大段をわきまへざる時は、勞して功なく、偶然として得る所なし、初志を起すこと、堅固ならざれば、なかばにして折く、敎のよりがたく、道の會がたきによつてなり、凡て物始に見るときは、知りやすく會しやすきに似たり、己をはなれて見ればなり、人々これを以て、容易の事として修す、修するは自からなすなり、我なすの日に至ては、聞く所會しがたく、しばらく會するに似たるも、日を經て失す、前路は遙かにして、後途知るべからず、物を以て事に及す時は違ひ、事を以て人を論ずれば、其實を失ふ、進退所なく、今修する所、また吾有となるにかたし、爰におゐて、不可及ことゝし、修して益なしと思へり、飜然として初志を折て、引去て道を見ると、仇讐の如し、愚なるにあらず、財なきにあらず、唯道を修するの大段を知らず、他の雜藝の業以て進むものとひとしと、見るによれり、守者よく辨ぜずんばあるべからず、
現代語訳
一つ、道の本体を知り、真の教えによるなら、修めて至らないということはありません。しかし守り行うことの大筋をわきまえないと、骨を折っても功がなく、たまたま得るものもありません。初めの志を起こすことが堅固でなければ、途中で折れます。教えに頼りにくく、道を会得しにくいからです。すべて物事は、初めて見るときは知りやすく会得しやすいように思えます。自分を離れて見ているからです。人々はそれで容易なことだと考えて修めます。修めるのは自分が行うことです。自分で行う日になると、聞いたことが会得しにくく、しばらくは会得したようでも、日がたつと失います。前の道は遥かで、後の道は知れません。物をもって事に当たれば違い、事をもって人を論じれば実を失い、進むも退くも所がなく、今修めているものもまた自分のものになりにくい。ここにおいて、及びがたいことと思い、修めても益がないと考えます。にわかに初めの志を折って、引き去り、道を見ると仇のようです。愚かなのではなく、才がないのでもありません。ただ道を修める大筋を知らず、他の雑多な芸の業で進むのと同じだと見ていることによります。守る者はよく見分けなければなりません。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『日本伝守行矩』・本文・教えは道に登る足場にすぎない○道を知つて、能く天命にしたがふ人ありといへども、敎なき時は、其道を廣く人に傳ふるとなし、しかれども敎は人の作爲なす所なれば、なんぞ道を盡すに足らん、萬仭の山、左生によつて攀づべし、その嶮をわたる時、身躰これによつて、一心の賴む所なりといへども、頂上に登り至れば、その左生一棄物となり、これを見ると、わらくづの如し、しかれば道を得て立ときは、敎また何の益かあらん、益なきの敎にあらざれば、人々又道を得る事なし、敎また廢すべけんや、才子英物と稱するも、敎に因ざれば、國用をなす事なし、敎に巧拙あり、眞妄あり、知らずんばあるべからず、空理を以て質を失し、文章を以て虛照を尊ぶ、巧みなるとは則巧なり、道を得るに遠し、俗言を以て人を戒しめ、
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『日本伝守行矩』・信疑論・書と師と学ぶ者の三つがそろう条件樓船の大海に漂泊するが如し、斯のごくなる時は、いづれか人をみちびき、何れか道を達すべき、ともにその眞をうしなふといふべし、其門に遊ぶもの豪傑醉るがごとく、凡人たゞ日を消するのみ、學ぶといへども、何の補かあらん、其書眞にして、其師明なりといへども、まなぶ人虛なる時は、江河の漏巵にみてざるが如く、日々これにたとへて、日々これを失す、また何の益かあらん、守者實なる時は、道を信ずる事、日を經て堅固に師の敎示にしたがふ事、水の卑につくがごとく、駿馬に鞭て須臾に千里を馳るに似たり、嗚呼、書の眞得がたし、師の明また稀なり、守者の信なき、爰によつてなり、其才德をなさゞるまたこゝによる、從つて疑のなる所なり、守者々々、汝を戒しむ、眞書を正して學ぶべし、師の明を撰んで從ふべし、正して學び撰んで從ふといへども、一毫の疑念を生ずる時は、山を築く事九仭にして一簣に功を失するがごとし、唯信力の剛直なる、天地を盡すべし、萬物を我有となさん、信疑の二障、愼んで斷ぜずんばあるべからず、