日本伝治乱要決 / 治基卷・治基巻・国体第一と日本の性
舊典に曰、日神の明萬物蒙らずといふとなし、人其明に從がふときは國治まり、人其明に背くときは、國ほろぶといへり、其國を治るに何ぞ外國の法を用ひんや、我邦の自然に立つ時は來るにしたがつて物皆我用をなす、何ぞ外國の法を厭はんや、唯本末を失なへば國家全治をなす事あたわず、治道の要爰に出ず、道に心あるもの、心をひそめて國の自然を看得せば、四海をたもつとも何のかたきとかこれあらむ、國體第一天地闢けて萬國分る、これ冥體の化によつてなり、冥の萬國に渡る所これを正といふ、正を得て其自然を顯はすこれを德といふ、天の自然によつて其國々おのづから其形を異にし、人其性を異にす、日本國初より勇剛の性を以て國を治め亂を鎭む、これを名けて武といふ、我國天賦予の性なり、其性を盡して其國の治をなす、これを國躰を知るといふ、國躰を辨せざるの人異敎によつて其治をなさんとす、大に誤れり、治亂大道の基本、よく國躰を會するにあり、
新字:旧典に曰、日神の明万物蒙らずといふとなし、人其明に従がふときは国治まり、人其明に背くときは、国ほろぶといへり、其国を治るに何ぞ外国の法を用ひんや、我邦の自然に立つ時は来るにしたがつて物皆我用をなす、何ぞ外国の法を厭はんや、唯本末を失なへば国家全治をなす事あたわず、治道の要爰に出ず、道に心あるもの、心をひそめて国の自然を看得せば、四海をたもつとも何のかたきとかこれあらむ、国体第一天地闢けて万国分る、これ冥体の化によつてなり、冥の万国に渡る所これを正といふ、正を得て其自然を顕はすこれを徳といふ、天の自然によつて其国々おのづから其形を異にし、人其性を異にす、日本国初より勇剛の性を以て国を治め乱を鎮む、これを名けて武といふ、我国天賦予の性なり、其性を尽して其国の治をなす、これを国体を知るといふ、国体を弁せざるの人異教によつて其治をなさんとす、大に誤れり、治乱大道の基本、よく国体を会するにあり、
書き下し
舊典に曰、日神の明萬物蒙らずといふとなし、人其明に從がふときは國治まり、人其明に背くときは、國ほろぶといへり、其國を治るに何ぞ外國の法を用ひんや、我邦の自然に立つ時は來るにしたがつて物皆我用をなす、何ぞ外國の法を厭はんや、唯本末を失なへば國家全治をなす事あたわず、治道の要爰に出ず、道に心あるもの、心をひそめて國の自然を看得せば、四海をたもつとも何のかたきとかこれあらむ、國體第一天地闢けて萬國分る、これ冥體の化によつてなり、冥の萬國に渡る所これを正といふ、正を得て其自然を顯はすこれを德といふ、天の自然によつて其國々おのづから其形を異にし、人其性を異にす、日本國初より勇剛の性を以て國を治め亂を鎭む、これを名けて武といふ、我國天賦予の性なり、其性を盡して其國の治をなす、これを國躰を知るといふ、國躰を辨せざるの人異敎によつて其治をなさんとす、大に誤れり、治亂大道の基本、よく國躰を會するにあり、
現代語訳
古い典籍に、日の神の明るさは万物が蒙らないものはない、と言います。人がその明に従うときは国が治まり、人がその明に背くときは国は滅びる、と言います。その国を治めるのに、どうして外国の法を用いましょうか。わが国の自然に立つときは、来るにしたがって物はみなわが用となります。どうして外国の法を嫌いましょうか。ただ本と末を失えば、国家は全く治まることができません。治道の要はここに出ます。道に心のある者が、心を潜めて国の自然を見て悟るならば、四海を保つとしても何の困難がありましょうか。国体第一。天地が開けて万国が分かれました。これは冥体(目に見えぬ働き)の化によるものです。冥(目に見えぬ働き)が万国に行き渡るところ、これを正といいます。正を得てその自然をあらわすことを、徳といいます。天の自然によって、その国々はおのずとその形を異にし、人もその性を異にします。日本は国の初めから勇剛の性をもって国を治め、乱を鎮めてきました。これを名付けて武といいます。わが国が天から賦与された性です。その性を尽くして、その国の治めをなすことを、国体を知るといいます。国体を弁えない人が異教によってその治めをしようとするのは、大いに誤りです。治乱の大道の基本は、よく国体を会得することにあります。
解説

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『日本伝治乱要決』・序・序・自然の道を見失った日本夫道は天地に充塞して、我國開けてよりおのづから存す、國初の人自然のまゝにして其道を蹈んで立つ、然れども人は有心にして情欲のためにひかれ、自然の天心を掩ふて、正所に不立、天の命ずる道を失ふ、正所に立とあたわざれば、人の人たる所に至らず、禽獸の行をなす、是をして天命の自然に違はず立しむるものは、敎の存する所にあり、上古は人心自然淳朴にして、名將天に代て我國の性のまゝに治をなす、敎なしといへども、外に對する事なければ、物を賴むに心なし、後來異敎來てより、其密なるにひかれて、人情遂に我國の道をいやしむ、代を追てます〱聖人の道盛に行れ、人々黨を立て其理に酩酊して我國の道あることを知らず、もとより日本は上古より口授を以て傳へ其敎の書ある事なし、後來に至つて和學の名目ありといへども、外敎によつて唯心氣を治むるの術を說き、治國平天下の大道をおしゆる事なし、故に日を積年を重ねていよいよ外敎盛にして、國躰を辨ずるものなし、于若日本傳の敎は、上杉謙信公戰國の間に長となつて、治に立つて國を治め、亂に立つて逆を制の要、外敎を借らず、我國の用あらんとを苦思熟想して、干戈の間に精撰す、最よく國基を說、
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『日本伝治乱要決』・治基卷・治基巻・帥創第二と守治第三帥創第二國初人物みな混じてわかつべからず、叙明の人自然の智を以て食をなし衣を制し居をなす、偶然たる萬人これに習つて始めて食し、はじめて躰を掩ひ、はじめて雨雪をまぬかる、其明智にしたがつて各生をやしなふ、不期して其人の指揮をうけ、君臣の位わかつ、父母子を生じて我血肉の縁によつてこれを憐み、子またその憐愍によつて是を尊ぶ、親子の愛恩自然になる、人倫これよりしてわかり、等位これよりして立、唯上たる人、萬人の自然の天命に立ん事を欲し、敎導して立場をしらしめ、一條の則を以て人々是によつて其生を遂しむ、後代種々の道理を以て說といへども國初のすがた此上に出るとなし、こゝに眼をひらく人、後世にあつて國家を安定して新に治をなすとも、なんのかたき事かこれあらん、守治第三凡そ國家を開て法を下し敎を立萬民を撫育す、後世其胤として國家を蹈しむる事亦難しとす、日月轉移すれば古の是とする所、或は非となり、其非となす事今にして是となる事あり、唯先世の法則を立て、時にしたがつて萬人を安育し其所を得せしむるに心あつて、私意を不用ときは、其統をたがひ國基をゆるふするとあるべからず、
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『日本伝治乱要決』・應亂卷・応乱の始まり:乱機・時世・物定舊典曰、日月を旗とし雷龍を兵とすれば、賊師千軍頭を延て刃を待と云へり、邪正死活を辨ぜざれば、神武の兵に達する事あるべからず、我邦の兵極陽を尊んで陰微を禁ず、雜兵家の企て及ばざる所なり、陽なるが故によく正し、正くしてよく動く、故に邪兵姦謀をなすものに逢て勝負をかくる事、磐石の鷄卵を推すが如し、彼よりして摧け、かれよりして破る、千里縱橫とゞめらるゝ所なし、神軍の妙察せずんばあるべからず、亂機第一機に急寬あり、東風起て雨降るは、機の急なるものなり、炎暑前年の冬至に萌す、機の寬なるものなり、寬急ことなりといへども、其機違ふ事なし、治中の亂あり、亂中の亂あり、其機に達せずんば、亂に應じて社稷を全ふする事あるべからず、時世第二古を知てみだりに今を謀るときは其事行はるべからず、今を知て古にくらき時は其功空虛となる、天に代つて民を救ふの心あらば、覇を取て功のすみやかなるあり、自立して現功をなす事あり、守て機を見るの時あり、時世に達するを良將とし、時世にくらきを暗將といふ、應亂の要柄なり、物定第三戰場非常の地といへども、其物今日の物にあらずといふ事なし、つねに物をよく定めて其節を違へざれば、其物の動て用をなす所も現然たり、國家の物悉く定て、變に應ずる所正しければ、萬敵恐るゝにたる事なし、
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『日本伝守行矩』・本文・国体を知ることが学びの出発点○國に自然の體あり、其躰をうしなはず、天命にしたがつて治をなす、是を道といふ、明將天地と渾融し、道を踏んで、萬世國土の則とす、時移り星換り、異國の道混雜して、人心密を貴とび、簡をいやしむ、果して外國へ朝貢し、天命の自然を誤まり、外國聖人の道を以て我國に布んとす、爰を以て國基ゆるまり、王位衰ふ、國躰を失ふによつてなり、外國の道、豈あしきとせんや、聖人天命に從がひ、その國の躰によつて、自然の法をたつ、彼にして是なりといへども、妄意に此に及ぼすときは、齟齬せずと云ふことなし 我國の躰によつて來るに從がつてこれを用んとならば、淺說拙語といへども、國に益あらば、何ぞ廢せん、況や聖者佛者の道をや、かれにして彼道なれども、我國躰のまゝに取て用ゆる時は、猶我道とひとしかるべし、唯從つて學ぶと、取て用をなすと、此境に聞き時は、我國自然の天命を掠むるのみならず、其道とする所、みな空器とならん、博學多聞の人、こゝを辨まへざるにあらず、我學ぶ所に黨しておのづから外國の奴となつて愉快とし、おのれ一人國躰を失するのみならず、毒を萬人に流す、己をはなれて、天の自然による事あたはざるによつてなり、志を起して道を修せんもの、始に眼を國躰にひらき、而後に廣く事物にわたらば、見るにしたがひ、聞くにしたがつて、悉く我國の用をなさん、此これを道の本躰を知るといふ、
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『日本伝治乱要決』・治基卷・治基巻・通塞、国相、国俗の三条通塞第六國家のつねに治て亂れざるは上下人情の通ずるによれり、人情よく通ずるときは萬物從つてよく流通す、亂れん事を欲するとも得んや、國家の常に騷忙として治まらざるは、上下人情の塞するによれり、人情塞する時は、萬物從つて弊塞す、治まらん事を欲するとも得んや、國家治亂の大事尤通塞の二つにあり、上其位を失はず、下其業を勤むる時は、不期して人情通ず、上其位に立と能はず、下その業を廢する時は、忽然として人情塞す、道によると私につくと、斷ぜずんばあるべからず、國相第七國に大小あり、險夷あり、寒暖あり、通塞あり、肥瘠あり、地脈のわかるゝ所一樣ならざる所あり、人間の厚薄、五穀の乾熟、魚鹽麻桑の有無、樹木金鐵の用、ことく〱國相によつて國益をなす、治術の大なるまた爰を辨知するに出る事なし、國俗第八國を治るには人を治むるを主となす、人を治るは其質を知るにあり、其質を知るは國俗を辨ずるにあり、人間は萬物の靈なり、諸國人々ことなるとなしといへども、其生ずる所の國相によつて氣禀ひとしからず、習慣性となつて所長所短各異なり、その異なるをよく辨じて長ずる所を用ひ、短なる所を攻めざる時は、人國用をなさずといふ事なし、短をにくんて長を失するときは人却て國害をなす、國俗を辨ずる人を治むるの樞要なり、其質また五の外に出ず、其本に委しければなんぞ人を失ふ事あらむ、
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『弘道館記述義』・國體以之尊嚴・勇武は忠愛の誠から発する実に此に胚胎す。(案ずるに本なる者は末に対するの称なり。当時、夷蛮の朝貢する者猶ほ少なし。故に未だ国号を建てず。三韓を撫し西土に通ずるに及び、或いは東天皇と称し、或いは日出づる処の天子と称し、遂に日本の号を建てて以て内外本末の分を弁ず。亦た唯だ往時の胚胎する者を挙げて之を発するのみ。)夫れ日出づるの郷は、陽気の発する所、地霊人傑、食饒かに兵足る。上の人は好生愛民を以て徳と為し、下の人は一意奉上を以て心と為す。其の勇武に至りては、則ち皆天性に根ざす。此れ国体の尊厳なる所以なり。抑も所謂勇武とは、惟だ勁悍猛烈にして以て其の威を逞しうするのみに非ず。蓋し亦た必ず忠愛の誠より発す。請ふ其の略を論ぜん。素戔嗚尊は蛇を斬りて剣を獲、以為らく是れ神剣なり、敢へて私せず、と。大巳貴神は其の平国の矛を献じて曰く、天孫若し此を以て国を治めば、必ず当に平安なるべし、と。是の時に方り、素戔嗚尊は罪を天祖に獲、大巳貴神は将に国を天孫に避らんとす。而して啻に朝廷を怨みざるのみならず、乃ち其の宝器を献じて以て奉上の誠を輸す。其の忠愛の厚きこと何如ぞや。五瀬命の薨ぜんとするに臨みて慷慨し、剣を撫して逆虜未だ滅びざるを以て憾みと為し、日本武尊の疾篤きや、懐ひを雄刀に寓し、情を歌詞に発するが若きは、其の感憤悲壮、従容嫻雅、又た復た何如ぞや。後世に至るに及びても、士は猶ほ廉恥を重んじ、卑怯懦弱を賤しみ、汚名先を辱むるを以て戒めと為し、忠義孝烈の人乏しからず。丹心血誠、天日に誓ひ金石を貫き、其の跡追はずして、流風は馨るが如く、余情は掬すべき者、皆上世の遺俗の然らしむる所なり。之を要するに自ら一種の藹然たる気象有り、海外異邦の企及する所に非ず。蓋し国体は独り尊厳なるを得ず、必ず天地正大の気に資る有り。天地の気は独り正大なるを得ず、亦た必ず仁厚義勇の風に参る有り。然らば則ち風俗の淳漓は、国体の汚隆の繋かる所なり。在上の君子、豈に心を留めざるべけんや。