日本伝治乱要決 / 治基卷・治基巻・帥創第二と守治第三
帥創第二國初人物みな混じてわかつべからず、叙明の人自然の智を以て食をなし衣を制し居をなす、偶然たる萬人これに習つて始めて食し、はじめて躰を掩ひ、はじめて雨雪をまぬかる、其明智にしたがつて各生をやしなふ、不期して其人の指揮をうけ、君臣の位わかつ、父母子を生じて我血肉の縁によつてこれを憐み、子またその憐愍によつて是を尊ぶ、親子の愛恩自然になる、人倫これよりしてわかり、等位これよりして立、唯上たる人、萬人の自然の天命に立ん事を欲し、敎導して立場をしらしめ、一條の則を以て人々是によつて其生を遂しむ、後代種々の道理を以て說といへども國初のすがた此上に出るとなし、こゝに眼をひらく人、後世にあつて國家を安定して新に治をなすとも、なんのかたき事かこれあらん、守治第三凡そ國家を開て法を下し敎を立萬民を撫育す、後世其胤として國家を蹈しむる事亦難しとす、日月轉移すれば古の是とする所、或は非となり、其非となす事今にして是となる事あり、唯先世の法則を立て、時にしたがつて萬人を安育し其所を得せしむるに心あつて、私意を不用ときは、其統をたがひ國基をゆるふするとあるべからず、
新字:帥創第二国初人物みな混じてわかつべからず、叙明の人自然の智を以て食をなし衣を制し居をなす、偶然たる万人これに習つて始めて食し、はじめて体を掩ひ、はじめて雨雪をまぬかる、其明智にしたがつて各生をやしなふ、不期して其人の指揮をうけ、君臣の位わかつ、父母子を生じて我血肉の縁によつてこれを憐み、子またその憐愍によつて是を尊ぶ、親子の愛恩自然になる、人倫これよりしてわかり、等位これよりして立、唯上たる人、万人の自然の天命に立ん事を欲し、教導して立場をしらしめ、一条の則を以て人々是によつて其生を遂しむ、後代種々の道理を以て説といへども国初のすがた此上に出るとなし、こゝに眼をひらく人、後世にあつて国家を安定して新に治をなすとも、なんのかたき事かこれあらん、守治第三凡そ国家を開て法を下し教を立万民を撫育す、後世其胤として国家を蹈しむる事亦難しとす、日月転移すれば古の是とする所、或は非となり、其非となす事今にして是となる事あり、唯先世の法則を立て、時にしたがつて万人を安育し其所を得せしむるに心あつて、私意を不用ときは、其統をたがひ国基をゆるふするとあるべからず、
書き下し
帥創第二國初人物みな混じてわかつべからず、叙明の人自然の智を以て食をなし衣を制し居をなす、偶然たる萬人これに習つて始めて食し、はじめて躰を掩ひ、はじめて雨雪をまぬかる、其明智にしたがつて各生をやしなふ、不期して其人の指揮をうけ、君臣の位わかつ、父母子を生じて我血肉の縁によつてこれを憐み、子またその憐愍によつて是を尊ぶ、親子の愛恩自然になる、人倫これよりしてわかり、等位これよりして立、唯上たる人、萬人の自然の天命に立ん事を欲し、敎導して立場をしらしめ、一條の則を以て人々是によつて其生を遂しむ、後代種々の道理を以て說といへども國初のすがた此上に出るとなし、こゝに眼をひらく人、後世にあつて國家を安定して新に治をなすとも、なんのかたき事かこれあらん、守治第三凡そ國家を開て法を下し敎を立萬民を撫育す、後世其胤として國家を蹈しむる事亦難しとす、日月轉移すれば古の是とする所、或は非となり、其非となす事今にして是となる事あり、唯先世の法則を立て、時にしたがつて萬人を安育し其所を得せしむるに心あつて、私意を不用ときは、其統をたがひ國基をゆるふするとあるべからず、
現代語訳
帥創第二。国の初め、人物はみな混じり合って、分けることができませんでした。明らかな人が自然の智をもって食を作り、衣を作り、住まいを作りました。偶然にも万人がこれに習って、初めて食し、初めて体を覆い、初めて雨や雪を免れました。その明智にしたがって、それぞれ生を養いました。期せずしてその人の指揮を受け、君臣の位が分かれました。父母が子を生み、自分の血肉の縁によって子を憐れみ、子もまたその憐れみによって親を尊びます。親子の愛と恩は自然に成ります。人倫はここから分かれ、等位はここから立ちます。ただ上に立つ人は、万人が自然の天命に立つことを望み、教え導いて立つ場を知らせ、一筋の則をもって人々がそれによって生を遂げさせました。後の代に種々の道理をもって説いたところで、国の初めの姿をこえるものはありません。ここに眼を開いた人は、後世にあって国家を安定させ、新たに治めを行うとしても、何の困難がありましょうか。守治第三。おおよそ国家を開いて法を下し、教えを立てて万民を撫で育てる、その後世の子孫として国家を踏ませることもまた難しいのです。日月が移り変わると、古の是とするところが非となり、その非とすることが今になって是となることもあります。ただ先の世の法則を立て、時にしたがって万人を安んじ育て、その所を得させることに心があって、私意を用いないときは、その統を違え、国の基を緩めることはありえません。
解説

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