直毘霊 / 天つ神の御心を大御心として
天下にはあらぶる神もなく、まつろはぬ人もなく。いく萬代を經とも、誰しの奴か、大皇に背き奉む、あなかしこ、御代御代の間に、たまたまも不伏惡穢奴もあれば、神代の古事のまにまに、大御稜威をかゞやかして、たちまちにうち滅し給ふ物ぞ。千萬御世の御末の御代まで、天皇命はしも、大御神の御子とましまして。御世御世の天皇は、すなはち天照大御神の御子になも大坐ます、故天つ神の御子とも、日の御子ともまをせり。天つ神の御心を大御心として。何わざも、己命の御心もてさかしだち賜はずて、たゞ神代の古事のまゝに、おこなひたまひ治め賜ひて、疑ひおもほす事しあるをりは、御卜事もて、天神の御心を問して物し給ふ。神代も今もへだてなく。たゞ天津日嗣の然ましますのみならず、臣連八十伴緖にいたるまで、氏かばねを重みして、子孫の八十續、その家々の職業をうけつがひつゝ、祖神たちに異ならず、只一世の如くにして、神代のまゝに奉仕れり。
新字:天下にはあらぶる神もなく、まつろはぬ人もなく。いく万代を経とも、誰しの奴か、大皇に背き奉む、あなかしこ、御代御代の間に、たまたまも不伏悪穢奴もあれば、神代の古事のまにまに、大御稜威をかゞやかして、たちまちにうち滅し給ふ物ぞ。千万御世の御末の御代まで、天皇命はしも、大御神の御子とましまして。御世御世の天皇は、すなはち天照大御神の御子になも大坐ます、故天つ神の御子とも、日の御子ともまをせり。天つ神の御心を大御心として。何わざも、己命の御心もてさかしだち賜はずて、たゞ神代の古事のまゝに、おこなひたまひ治め賜ひて、疑ひおもほす事しあるをりは、御卜事もて、天神の御心を問して物し給ふ。神代も今もへだてなく。たゞ天津日嗣の然ましますのみならず、臣連八十伴緒にいたるまで、氏かばねを重みして、子孫の八十続、その家々の職業をうけつがひつゝ、祖神たちに異ならず、只一世の如くにして、神代のまゝに奉仕れり。
書き下し
天の下には荒ぶる神もなく、まつろわぬ人もなく。幾万代を経とも、誰しの奴か、大皇に背き奉らむ、あなかしこ。御代御代の間に、たまたまもまつろわぬ穢き奴もあれば、神代の古事のまにまに、大御稜威を輝かして、たちまちに打ち滅ぼし給う物ぞ。千万御世の御末の御代まで、天皇命はしも、大御神の御子とましまして。御世御世の天皇は、すなわち天照大御神の御子になも大坐します。故、天つ神の御子とも、日の御子とも申せり。天つ神の御心を大御心として。何わざも、己命の御心もてさかしだち賜わずて、ただ神代の古事のままに、行いたまい治め賜いて、疑い思ほす事しある折は、御卜事もて、天つ神の御心を問わして物し給う。神代も今も隔てなく。ただ天津日嗣の然ましますのみならず、臣・連・八十伴緒に至るまで、氏姓を重みして、子孫の八十続き、その家々の職業を受け継がいつつ、祖神たちに異ならず、ただ一世の如くにして、神代のままに仕え奉れり。
現代語訳
(こうして天皇の治める国と定まったので、)天の下には荒ぶる神もなく、服従しない人もいない。幾万代を経ようとも、いったいどんな奴が大皇(天皇)に背き申し上げようか。ああ畏れ多い。御代御代の間に、たまたま従わない汚れた奴が現れても、神代の古い事跡のとおりに、天皇の御威光を輝かせて、たちまちに討ち滅ぼしなさるものである。千万の御代の末の御代に至るまで、天皇は大御神の御子としておいでになる。代々の天皇は、すなわち天照大御神の御子でいらっしゃる。だから天つ神の御子とも、日の御子とも申し上げてきた。天皇は天つ神の御心を自らの大御心となさる。何事も、御自身の御心で小賢しくふるまわれることなく、ただ神代の古事のままに行い、治めなさり、疑わしくお思いになることがある折には、御卜(占い)によって天つ神の御心をお尋ねになって事をなさる。神代も今も隔てがない。ただ天津日嗣(皇位)がそうであるばかりでなく、臣・連・八十伴緒(多くの部を率いる長たち)に至るまで、氏と姓を重んじて、子孫が幾代も続き、その家々の職を受け継ぎながら、祖神たちと変わらず、まるで一代のことのように、神代のままにお仕えしてきたのである。
解説
関連する章句
-
『直毘霊』皇大御国皇大御国は、掛けまくも可畏き神御祖天照大御神の、御生れ坐せる大御国にして、万国に勝れたる所以は、先ずここにいちじるし。国という国に、この大御神の大御徳かがふらぬ国なし。大御神、大御手に天つ璽を捧げ持ちて、御代御代に御しるしと伝わり来つる三種の神宝はこれぞ。万千秋の長秋に、吾が御子の知ろしめさむ国なりと、ことよさし賜えりしまにま、天つ日嗣・高御座の、天地の共に動かぬことは、既にここに定まりつ。天雲のむかぶす限り、谷蟆のさ渡るきわみ、皇御孫命の大御食国と定まりて、
-
『直毘霊』天津日嗣の高御座天津日嗣の高御座は。天皇の御統を日嗣と申すは、日神の御心を御心として、その御業を嗣ぎ坐すが故なり。またその御座を高御座と申すは、ただに高き由のみにあらず、日神の御座なるが故なり。日には、高照とも高日とも日高とも申す古語のあるを思え。さて日神の御座を、次々に受け伝え坐して、その御座に大坐します天皇命にませば、日神に等しく坐すこと決し。かかれば、天津日神の大御慈しみを蒙らむ者は、誰しか天皇命には、畏み敬び尊みて、仕え奉らざらむ。天地のむた、常盤に堅盤に動く世なきぞ、この道の霊く奇しく、異国の万の道に優れて、正しき高き貴き徴なりける。
-
『直毘霊』当然の理をもて定めむとするかの善人も禍り、悪人も福ゆるたぐい、尋常の理に逆える事の多かるも、皆この神の所為なるを、外国には、神代の正しき伝説なくして、この所以をえ知らざるが故に、ただ天命の説を立てて、何事もみな、当然の理をもて定めむとするこそ、いとおこなれ。然れども、天照大御神高天原に大坐しまして、大御光はいささかも曇りまさず、この世を御照らしましまし、天津御璽はた、はふれまさず伝わり坐して、事依さし賜いしまにまに、天の下は御孫命の知ろしめして。
-
『直毘霊』大御心を心として古えの大御代には、下が下まで、唯天皇の大御心を心として。天皇の思ほしめす御心のまにまに仕え奉りて、己が私心は露なかりき。ひたぶるに大命を畏み敬い服いて、大御慈しみの御蔭に隠ろいて、おのもおのも祖神を斎き祭りつつ天皇の大御皇祖神の御前を拝み祭り坐すがごとく、臣連八十伴緒、天の下の百姓に至るまで、各祖神を祭るは常にて、又天皇の朝廷のため天の下のために、天つ神国つ神諸をも祭り坐すが如く、下なる人どもも、事に触れては、福を求むと、善き神に請い祈ぎ、禍を逃れんと、悪しき神をも和め祭り、又たまたま身に罪穢れもあれば、祓い清むるなど、皆人の情にして、必ず有るべきわざなり、然るを心だにまことの道に適いなば、など言うめる筋は、仏の教え儒の見にこそ、さることもあらめ、神の道には、甚く背けり、又異国には、神を祭るにも、唯理を先にして、様々議論あり、淫祀など言いて、戒むることもある、皆さかしらなり、凡て神は、仏などいうなる物の趣とは異にして、善き神のみにはあらず、悪しきも有りて、心も所行も、
-
『直毘霊』聖人もただ賊の為遂げたる者異国は、本より主の定まれるがなければ、ただ人もたちまち王になり、王もたちまちただ人にもなり、亡び失せもする、古よりの風俗なり。さて国を取らむと謀りて、え取らざる者をば賊と言いて賤しめ憎み、取り得たる者をば、聖人と言いて尊み仰ぐめり。さればいわゆる聖人も、ただ賊の為遂げたる者にぞありける。掛けまくも可畏きや吾が天皇尊はしも、然る卑しき国々の王どもと、等並には坐しまさず、この御国を生み成したまえりし神祖命の、御自ら授け賜える皇統にましまして、天地の始めより、大御食国と定まりたる天の下にして、大御神の大命にも、天皇悪しく坐しまさば、なまつろいそとは詔りたまわずあれば、善く坐しまさむも悪しく坐しまさむも、側より窺い量り奉ることあたわず。天地のあるきわみ、月日の照らす限りは、幾万代を経ても、動き坐さぬ大君に坐せり。故、古語にも、当代の天皇をしも神と申して、実に神にし坐しませば、善悪き御上の論いを捨てて、ひたぶるに畏み敬い仕え奉るぞ、まことの道にはありける。然るを中頃の世の乱れに、
-
『直毘霊』現御神と大八洲国しろしめすかれ現御神と大八洲国しろしめすと申すも、その御世御世の天皇の御政、やがて神の御政なる意なり。万葉集の歌などに、神随云云とあるも、同じ心ぞ。神国と韓人の申せりしも、諾にぞありける。古
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る