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無門関 / 無量宗壽偈

瑞巖近日有無門 掇向繩床判古今 凡聖路頭俱截斷 幾多蟠蟄起雷音無門首座。立僧山偈奉謝。紹定庚寅季春無量(宗壽)書

新字:瑞巖近日有無門 掇向縄床判古今 凡聖路頭倶截断 幾多蟠蟄起雷音無門首座。立僧山偈奉謝。紹定庚寅季春無量(宗寿)書

書き下し

瑞巌(ずいがん)近日、無門有り。縄床に掇向(てっこう)して古今を判ず。凡聖の路頭、俱に截断す。幾多の蟠蟄(ばんちつ)か雷音に起つ。無門首座の立僧(りっそう)に、山偈もて謝し奉る。紹定庚寅季春、無量(宗寿)書す。

現代語訳

瑞巌(ずいがん、寺の名)に近ごろ無門という人がいる。坐禅の椅子に就いて、古今の公案を裁いている。凡夫の道も聖人の道も、ともに断ち切ってしまった。とぐろを巻いて冬ごもりしていた多くのものが、その雷鳴に目を覚まして起き上がる。無門首座が立僧(首座として大衆に説法すること)されたのに対し、山僧の偈をもって謝意を奉る。紹定三年(一二三〇年)の晩春、無量宗寿が書く。

解説

無量宗寿が無門慧開に贈った偈である。紹定三年、無門が首座として大衆の前で説法したことに謝意を表している。縄床に坐って古今の公案を裁く無門の姿を描き、凡夫と聖人の区別をどちらも断ち切ったと讃える。蟠蟄は、とぐろを巻いて冬眠する龍や虫で、春雷によって目覚めるとされた。無門の一声で、眠っていた多くの修行者が起き上がったというのである。『無門関』は公案に辛辣な評を付けた書だが、同時代の禅僧からこうした敬意を受けていたことが分かる。厳しい指導者の言葉が、眠っていた人々を目覚めさせることがある。温かい言葉だけが人を動かすのではない。

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