無門関 / 第十九則 平常是道
【無門曰】南泉被趙州發問。直得瓦解冰消分疏不下。趙州縱饒悟去。更參三十年始得。【頌曰】春有百花秋有月 夏有涼風冬有雪 若無閑事挂心頭 便是人間好時節
新字:【無門曰】南泉被趙州発問。直得瓦解冰消分疏不下。趙州縦饒悟去。更参三十年始得。【頌曰】春有百花秋有月 夏有涼風冬有雪 若無閑事挂心頭 便是人間好時節
書き下し
無門曰く、南泉、趙州に発問せられて、直に瓦解氷消して分疏不下なることを得たり。趙州縦饒い悟り去るも、更に参ずること三十年にして始めて得ん。頌に曰く、春に百花有り秋に月有り、夏に涼風有り冬に雪有り。若し閑事の心頭に挂くる無くんば、便ち是れ人間の好時節。
現代語訳
無門は言う。南泉(唐の禅僧、南泉普願)は趙州に問いを投げかけられて、たちまち瓦が崩れ氷が溶けるように、言い訳のしようもなくなった。趙州は、たとえ悟ったとしても、さらに三十年参禅してはじめて本物になるだろう。頌に言う。春には色とりどりの花があり、秋には月がある。夏には涼しい風があり、冬には雪がある。もしつまらないことを心に引っかけていなければ、それこそが人の世の最良の時節である。
解説
趙州が「道とは何か」と問い、南泉が「平常心是道」と答えた第十九則への評唱である。平常心是道は馬祖道一に始まる禅の根本の一句で、特別な境地ではなく日々の当たり前の心が道だという。無門は、答えた南泉のほうが趙州に追い詰められて説明に窮したと茶化し、その場で悟った趙州にもさらに三十年の修行が要ると突き放す。一度の悟りで完成とはさせない厳しさである。頌は本書で最も親しまれる偈で、四季それぞれに良さがあり、余計なことを心に掛けなければ毎日が好い時節だと歌う。平常心とは、動じない心の強さではなく、目の前の季節をそのまま味わえる心の軽さである。仕事でも、心配事を抱え込むほど今日の働きが鈍る。閑事を手放すことが、最良の段取りになる。
関連する章句
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