夢中問答集 / 『夢中問答集』理致と機関は手段の違い
問理致機關と申すことは、何かなる義ぞや。 答若し本分を論ぜば、理致となづけ機關となづくべき法門なし、しかれども、方便の門を開きて宗旨を擧揚する時、義理を以て學者を激勵する法門をば理致となづく、或は棒喝を行じ、或は義理にわたらざる話頭をしめすをば機關とはなづけたり、いづれも皆な小玉をよべる手段なり。古人の云く馬祖百丈以前は多くは理致を談じ、少きは機關をしめす、馬祖百丈よりこのかた多くは機關を用ひ少しき理致を示す、是れ卽ち風を看て帆を使ふ手段なりと云云。今時の學者の中に理致を貴ぶ者は、機關を愛する者は理致をきらふ皆な是れ祖師の手段をしらざる人なり。若し是れ機關の法門勝れたりといはゞ馬祖百丈以前の宗師は眼なしとせんや、若し理致の法門勝れたりといはゞ臨濟德山は宗旨をしらずとせんや、釋迦如來の說法五十年三百餘會の法門あり。しかるに楞伽經の中に始め、鹿野苑より終り跋提河にいたるまで、其の二中間においてかつて一字をもとかずと云云。若此の趣をしらば理致とてきらふべき法門あらんや、昔法眼禪師覺鐵觜に問ていはく、趙州和尙に庭前柏樹子の話ありと、是なりやいなや答て云く。先師に此語なし、先師を謗ずることなかれと云云。覺鐵觜は是れ趙州の高弟なり。しかるに先師に此の語なしといへる事は何ぞや、趙州の庭前柏樹子としめし玉へる語の上について、とかくの解會を生ずる人いかでか覺鐵觜の意にかなはんや、たゞ此の公案のみしかるにあらず、宗師の示すところの餘の公案も皆以てかくのごとし。其の手段のかはれるについて解會を生せば祖意をくらませる人なるべし。解脫自在を得たる人は、金を握りて土となし土を取りて金となす、此の人の手の中に入れたるをこれは金なり、これは土なりと定めんや、法門も亦かくのごとし、明眼の人のしめす、法門をこれは理致なり、これは機關なりといひ定めはあたるべからず。
新字:問理致機関と申すことは、何かなる義ぞや。 答若し本分を論ぜば、理致となづけ機関となづくべき法門なし、しかれども、方便の門を開きて宗旨を挙揚する時、義理を以て学者を激励する法門をば理致となづく、或は棒喝を行じ、或は義理にわたらざる話頭をしめすをば機関とはなづけたり、いづれも皆な小玉をよべる手段なり。古人の云く馬祖百丈以前は多くは理致を談じ、少きは機関をしめす、馬祖百丈よりこのかた多くは機関を用ひ少しき理致を示す、是れ即ち風を看て帆を使ふ手段なりと云云。今時の学者の中に理致を貴ぶ者は、機関を愛する者は理致をきらふ皆な是れ祖師の手段をしらざる人なり。若し是れ機関の法門勝れたりといはゞ馬祖百丈以前の宗師は眼なしとせんや、若し理致の法門勝れたりといはゞ臨済徳山は宗旨をしらずとせんや、釈迦如来の説法五十年三百余会の法門あり。しかるに楞伽経の中に始め、鹿野苑より終り跋提河にいたるまで、其の二中間においてかつて一字をもとかずと云云。若此の趣をしらば理致とてきらふべき法門あらんや、昔法眼禅師覚鉄觜に問ていはく、趙州和尚に庭前柏樹子の話ありと、是なりやいなや答て云く。先師に此語なし、先師を謗ずることなかれと云云。覚鉄觜は是れ趙州の高弟なり。しかるに先師に此の語なしといへる事は何ぞや、趙州の庭前柏樹子としめし玉へる語の上について、とかくの解会を生ずる人いかでか覚鉄觜の意にかなはんや、たゞ此の公案のみしかるにあらず、宗師の示すところの余の公案も皆以てかくのごとし。其の手段のかはれるについて解会を生せば祖意をくらませる人なるべし。解脱自在を得たる人は、金を握りて土となし土を取りて金となす、此の人の手の中に入れたるをこれは金なり、これは土なりと定めんや、法門も亦かくのごとし、明眼の人のしめす、法門をこれは理致なり、これは機関なりといひ定めはあたるべからず。
書き下し
問理致機關と申すことは、何かなる義ぞや。 答若し本分を論ぜば、理致となづけ機關となづくべき法門なし、しかれども、方便の門を開きて宗旨を擧揚する時、義理を以て學者を激勵する法門をば理致となづく、或は棒喝を行じ、或は義理にわたらざる話頭をしめすをば機關とはなづけたり、いづれも皆な小玉をよべる手段なり。古人の云く馬祖百丈以前は多くは理致を談じ、少きは機關をしめす、馬祖百丈よりこのかた多くは機關を用ひ少しき理致を示す、是れ卽ち風を看て帆を使ふ手段なりと云云。今時の學者の中に理致を貴ぶ者は、機關を愛する者は理致をきらふ皆な是れ祖師の手段をしらざる人なり。若し是れ機關の法門勝れたりといはゞ馬祖百丈以前の宗師は眼なしとせんや、若し理致の法門勝れたりといはゞ臨濟德山は宗旨をしらずとせんや、釋迦如來の說法五十年三百餘會の法門あり。しかるに楞伽經の中に始め、鹿野苑より終り跋提河にいたるまで、其の二中間においてかつて一字をもとかずと云云。若此の趣をしらば理致とてきらふべき法門あらんや、昔法眼禪師覺鐵觜に問ていはく、趙州和尙に庭前柏樹子の話ありと、是なりやいなや答て云く。先師に此語なし、先師を謗ずることなかれと云云。覺鐵觜は是れ趙州の高弟なり。しかるに先師に此の語なしといへる事は何ぞや、趙州の庭前柏樹子としめし玉へる語の上について、とかくの解會を生ずる人いかでか覺鐵觜の意にかなはんや、たゞ此の公案のみしかるにあらず、宗師の示すところの餘の公案も皆以てかくのごとし。其の手段のかはれるについて解會を生せば祖意をくらませる人なるべし。解脫自在を得たる人は、金を握りて土となし土を取りて金となす、此の人の手の中に入れたるをこれは金なり、これは土なりと定めんや、法門も亦かくのごとし、明眼の人のしめす、法門をこれは理致なり、これは機關なりといひ定めはあたるべからず。
現代語訳
問:理致、機関ということは、どういう意味か。 答:本分を論じるなら、理致と名づけ機関と名づけるべき法門はない。けれども方便の門を開いて宗旨を挙げ示すとき、道理によって学ぶ者を励ます法門を理致と呼ぶ。あるいは棒や喝を行い、あるいは道理にわたらない話頭を示すのを、機関と名づけた。いずれもみな、小玉を呼ぶ手段である。古人はいう。馬祖・百丈以前は、多くは理致を説き、機関を示すことは少なかった。馬祖・百丈以来は、多くは機関を用い、理致を示すことは少ない。これはつまり、風を見て帆を使う手段である、と。今の学者の中で、理致を貴ぶ者は機関を嫌い、機関を愛する者は理致を嫌う。みな祖師の手段を知らない人である。もし機関の法門が優れているというなら、馬祖・百丈以前の宗師は眼がなかったことになるのか。もし理致の法門が優れているというなら、臨済・徳山は宗旨を知らなかったことになるのか。 釈迦如来は説法五十年、三百余会に法門を説かれたが、楞伽経には、初めて鹿野苑から最後に跋提河に至るまで、その間にいまだ一字も説かなかったとある。この趣旨を知るなら、理致だからといって嫌うべき法門があろうか。昔、法眼禅師が覚鉄觜に問うた。趙州和尚に庭前の柏樹子の話があるが、そうなのか、そうではないのか。覚鉄觜は答えた。先師にそんな語はない。先師を謗ってはならない、と。覚鉄觜は趙州の高弟である。それなのに先師にこの語はないと言ったのはなぜか。趙州の庭前柏樹子という語の上に、あれこれ理解をこしらえる人が、どうして覚鉄觜の意に適おうか。この公案だけでなく、宗師が示す他の公案もみなこのとおりである。その手段の違いについて理解をこしらえるなら、祖意をくらませている人である。解脱自在を得た人は、金を握れば土とし、土を取れば金とする。この人の手の中に入れたものを、これは金だ、これは土だと決めることができようか。法門もこのとおりである。眼の明らかな人が示す法門を、これは理致だ、これは機関だと言い定めるのは当たらない。
解説

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