古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

夢中問答集 / 『夢中問答集』仏法と世法に隔てなし(上)

問萬事と工夫と差別なくは何か故ぞ。敎禪の宗師の中に多くは學者をすゝめて萬事を放下し、諸緣を遠離せよとしめし給へるや。 答古人の云く、法に定相なし。緣にあへば卽宗なり。知識の學者を導く法門すべて定相なし。佛法世法の隔てなき事は大乘の道理なり。敎禪ことなりといへども、大乘を擧揚し給ふ宗師いかでか萬事の外に佛法の修行ありとしめす事あらんや。しかれ共、いまだ此の理をさとらざる人の所見に約すれば、世間の萬事こと〱く虛妄顚倒なり。宗師これをあはれむ故に、かりに方便をまうけて、しばらく學者の執著をすてしめんために萬事を放下せよとはすゝめり。宗師の隨機說法すべて定相なし。佛在世の時天須菩提といふ人ありき、五百世の中につねに天上に生ぜり。今も王者の家に下生して居所服翫ゆたかなり。淨飯王釋種をすゝめて出家せしむること五百人、彼天須菩提も其の內にいれり。此人ひさしく天人たりし餘習にて美麗の衣服をこのみ、華奢の屋舍を愛す。如來諸の比丘に向つて衣服居所をかざる事なしと誡め給ふを聞て、ひそかに念へり。吾れ富貴の家に生れて居に金銀をちりばめ、衣に錦繡をかざれり。しかれ共猶ほ意にたらざる事あり。いはんや麁服を著し、幣舍に住せんや。しばらく家にかへりて我本意をとげて後に來るべし。卽ち佛所に參りてじたいす。佛阿難に命じて言はく、王宮に往いて諸の莊嚴の具を借て此の比丘の意にかなふほど舍內をかざりて、今夜住せしむべし。阿難佛勅に隨つて種々の莊嚴をつくせり。天須菩提其の中に止宿す。平生の悕望今夜滿足せり。亂想自ら除いて智明忽ちに發す。後夜にいたりて羅漢果を證して空中に飛騰す。阿難これをあやしみて佛に問奉る佛の言く、衣服居所をかざりて道心をすゝむる者ありかやうの人は衣服居所をかざるも亦佛道のたすけなるべし。衣服居所をかざるによりて道心を損する者あり。若かやうならば道人のおそるべきことなり。悟道得果はひとへに行人の心によれり。衣服居所にはかゝるべからずと云云。今の人も天須菩提のごとくならば、居所服翫の華美をこのむとも道行の障とは制すべからず。かやうのためしのあるに事をよせて、佛法の用心はつや〱なき人の居所をかざり。珍奇をもてあそぶを是も佛法の障りにあらずといはゞ天魔の所說なり。古より今にいたるまで山水とて山をつき、石をたて、樹をうゑ水をながして嗜愛する人多し。其の風情は同じといへ共、其の意趣は各ことなり。或は我が心にはさしも面白しとは思はねども、たゞ家のかざりにしてよその人に、いしげなるすまゐかなといはれんためにかまふる人もあり。

新字:問万事と工夫と差別なくは何か故ぞ。教禅の宗師の中に多くは学者をすゝめて万事を放下し、諸縁を遠離せよとしめし給へるや。 答古人の云く、法に定相なし。縁にあへば即宗なり。知識の学者を導く法門すべて定相なし。仏法世法の隔てなき事は大乗の道理なり。教禅ことなりといへども、大乗を挙揚し給ふ宗師いかでか万事の外に仏法の修行ありとしめす事あらんや。しかれ共、いまだ此の理をさとらざる人の所見に約すれば、世間の万事こと〱く虚妄顛倒なり。宗師これをあはれむ故に、かりに方便をまうけて、しばらく学者の執著をすてしめんために万事を放下せよとはすゝめり。宗師の随機説法すべて定相なし。仏在世の時天須菩提といふ人ありき、五百世の中につねに天上に生ぜり。今も王者の家に下生して居所服翫ゆたかなり。浄飯王釈種をすゝめて出家せしむること五百人、彼天須菩提も其の内にいれり。此人ひさしく天人たりし余習にて美麗の衣服をこのみ、華奢の屋舎を愛す。如来諸の比丘に向つて衣服居所をかざる事なしと誡め給ふを聞て、ひそかに念へり。吾れ富貴の家に生れて居に金銀をちりばめ、衣に錦繍をかざれり。しかれ共猶ほ意にたらざる事あり。いはんや麁服を著し、幣舎に住せんや。しばらく家にかへりて我本意をとげて後に来るべし。即ち仏所に参りてじたいす。仏阿難に命じて言はく、王宮に往いて諸の荘厳の具を借て此の比丘の意にかなふほど舎内をかざりて、今夜住せしむべし。阿難仏勅に随つて種々の荘厳をつくせり。天須菩提其の中に止宿す。平生の悕望今夜満足せり。乱想自ら除いて智明忽ちに発す。後夜にいたりて羅漢果を証して空中に飛騰す。阿難これをあやしみて仏に問奉る仏の言く、衣服居所をかざりて道心をすゝむる者ありかやうの人は衣服居所をかざるも亦仏道のたすけなるべし。衣服居所をかざるによりて道心を損する者あり。若かやうならば道人のおそるべきことなり。悟道得果はひとへに行人の心によれり。衣服居所にはかゝるべからずと云云。今の人も天須菩提のごとくならば、居所服翫の華美をこのむとも道行の障とは制すべからず。かやうのためしのあるに事をよせて、仏法の用心はつや〱なき人の居所をかざり。珍奇をもてあそぶを是も仏法の障りにあらずといはゞ天魔の所説なり。古より今にいたるまで山水とて山をつき、石をたて、樹をうゑ水をながして嗜愛する人多し。其の風情は同じといへ共、其の意趣は各ことなり。或は我が心にはさしも面白しとは思はねども、たゞ家のかざりにしてよその人に、いしげなるすまゐかなといはれんためにかまふる人もあり。

書き下し

問萬事と工夫と差別なくは何か故ぞ。敎禪の宗師の中に多くは學者をすゝめて萬事を放下し、諸緣を遠離せよとしめし給へるや。 答古人の云く、法に定相なし。緣にあへば卽宗なり。知識の學者を導く法門すべて定相なし。佛法世法の隔てなき事は大乘の道理なり。敎禪ことなりといへども、大乘を擧揚し給ふ宗師いかでか萬事の外に佛法の修行ありとしめす事あらんや。しかれ共、いまだ此の理をさとらざる人の所見に約すれば、世間の萬事こと〱く虛妄顚倒なり。宗師これをあはれむ故に、かりに方便をまうけて、しばらく學者の執著をすてしめんために萬事を放下せよとはすゝめり。宗師の隨機說法すべて定相なし。佛在世の時天須菩提といふ人ありき、五百世の中につねに天上に生ぜり。今も王者の家に下生して居所服翫ゆたかなり。淨飯王釋種をすゝめて出家せしむること五百人、彼天須菩提も其の內にいれり。此人ひさしく天人たりし餘習にて美麗の衣服をこのみ、華奢の屋舍を愛す。如來諸の比丘に向つて衣服居所をかざる事なしと誡め給ふを聞て、ひそかに念へり。吾れ富貴の家に生れて居に金銀をちりばめ、衣に錦繡をかざれり。しかれ共猶ほ意にたらざる事あり。いはんや麁服を著し、幣舍に住せんや。しばらく家にかへりて我本意をとげて後に來るべし。卽ち佛所に參りてじたいす。佛阿難に命じて言はく、王宮に往いて諸の莊嚴の具を借て此の比丘の意にかなふほど舍內をかざりて、今夜住せしむべし。阿難佛勅に隨つて種々の莊嚴をつくせり。天須菩提其の中に止宿す。平生の悕望今夜滿足せり。亂想自ら除いて智明忽ちに發す。後夜にいたりて羅漢果を證して空中に飛騰す。阿難これをあやしみて佛に問奉る佛の言く、衣服居所をかざりて道心をすゝむる者ありかやうの人は衣服居所をかざるも亦佛道のたすけなるべし。衣服居所をかざるによりて道心を損する者あり。若かやうならば道人のおそるべきことなり。悟道得果はひとへに行人の心によれり。衣服居所にはかゝるべからずと云云。今の人も天須菩提のごとくならば、居所服翫の華美をこのむとも道行の障とは制すべからず。かやうのためしのあるに事をよせて、佛法の用心はつや〱なき人の居所をかざり。珍奇をもてあそぶを是も佛法の障りにあらずといはゞ天魔の所說なり。古より今にいたるまで山水とて山をつき、石をたて、樹をうゑ水をながして嗜愛する人多し。其の風情は同じといへ共、其の意趣は各ことなり。或は我が心にはさしも面白しとは思はねども、たゞ家のかざりにしてよその人に、いしげなるすまゐかなといはれんためにかまふる人もあり。

現代語訳

問:万事と工夫に区別がないのなら、なぜ教宗や禅宗の師匠たちの多くは、学人に万事を捨て、あらゆる縁を遠ざけよと教えるのか。 答:古人は「法に決まった形はない。縁に出会えばそのまま宗となる」と言った。師が学人を導く方法は、すべて決まった形がない。仏法と世間の法に隔てがないのは大乗の道理である。教宗と禅宗の違いはあっても、大乗を掲げる師が、万事の外に仏法の修行があると示すはずがない。しかし、まだこの理を悟らない人の見方からすれば、世間の万事はことごとく虚妄で転倒している。師はこれを憐れむので、仮に方便を設け、しばらく学人の執着を捨てさせるために万事を放下せよと勧めたのである。師の機に応じた説法に決まった形はない。釈迦の在世に天須菩提という人がいた。五百世のあいだ常に天上に生まれ、今も王家に生まれて住まいも身の回りも豊かだった。浄飯王が釈迦族に勧めて出家させた五百人のなかに、この天須菩提も入っていた。この人は長く天人であった習いで、美しい衣服を好み、華やかな住まいを愛した。如来が比丘たちに衣服や住まいを飾ってはならぬと戒めるのを聞いて、ひそかに思った。私は富貴の家に生まれて、住まいには金銀をちりばめ、衣は錦繍で飾った。それでもなお満ち足りない。まして粗末な服を着て破れ家に住めようか。しばらく家に帰って望みを遂げてから戻ろう。そして仏のもとに行って暇乞いをした。仏は阿難に命じた。王宮へ行って飾りの道具を借り、この比丘の望みどおり室内を飾って、今夜ここに泊まらせよ。阿難は仏の命のままにさまざまな飾りをつくした。天須菩提はその中に泊まった。日ごろの望みがこの夜に満たされ、乱れた想いが自然に除かれて、智慧が忽ちに現れた。夜明け前に阿羅漢果を証して空中に飛び上がった。阿難はこれを不思議に思って仏に尋ねた。仏は言われた。衣服や住まいを飾ることで道心が進む者がいる。そういう人には、飾ることも仏道の助けになる。飾ることで道心を損なう者もいる。そうなら道を行く人の恐れるべきことである。悟りを得るかどうかは、ひとえに修行者の心によるのであって、衣服や住まいにはよらない、と。今の人も天須菩提のようであるなら、住まいや持ち物の華美を好んでも、修行の妨げと禁じてはならない。しかしこの前例にかこつけて、仏法の心がけがまったくない人が住まいを飾り、珍しい物をもてあそびながら、これも仏法の妨げにならないと言うなら、それは天魔の説である。昔から今まで、築山をつくり、石を立て、木を植え、水を流して愛好する人は多い。見た目は同じでも、その動機はそれぞれ違う。心ではそれほど面白いと思わないが、ただ家の飾りとして、他人から立派な住まいだと言われたくて造る人もいる。

解説

万事と工夫に区別がないのに、なぜ禅の師は万事を捨てよと言うのか。夢窓疎石は、それが未悟の人のための方便にすぎないと答えます。そして、衣服や住まいを飾りたい天須菩提が、望みをかなえられて悟った逸話を挙げ、飾ること自体が善悪を決めるのではなく、悟りは本人の心によると示します。ただしこれを免罪符にして贅沢を正当化するのは天魔の説だと、釘も刺しています。現代の仕事に置き換えれば、高価な道具や立派なオフィスが良いか悪いかは物ではなく、使う人の動機で決まる、という話になります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

方便天須菩提衣服居所道心仏法と世法山水

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る