孟子 / 離婁章句下
儲子曰:「王使人瞷夫子,果有以異於人乎?」孟子曰:「何以異於人哉?堯、舜與人同耳。」
新字:儲子曰:「王使人瞷夫子,果有以異於人乎?」孟子曰:「何以異於人哉?堯、舜与人同耳。」
書き下し
儲子曰く、「王人をして夫子を瞷(うかが)はしむ、果たして以て人に異なる有るか。」孟子曰く、「何を以て人に異ならんや。堯・舜も人と同じきのみ。」
現代語訳
儲子(ちょし、斉の宰相)が言った。「王が人をやって先生の様子をこっそりうかがわせている。本当に先生には普通の人と違うところがあるのだろうか。」孟子は言った。「どうして人と違うところがあるだろうか。堯(ぎょう)や舜(しゅん)のような聖人でさえ、普通の人と同じなのだ。」
解説
斉の王が孟子の様子を人にこっそり探らせたと聞いた宰相の儲子に対し、孟子は「堯や舜も人と同じだ」と答えます。聖人も凡人も、生まれつきの性は同じだというのが孟子の性善説の根本です。別の章でも孟子は「人は皆堯舜たるべし」と述べ、誰もが心の中に惻隠・羞悪・辞譲・是非という四端を持ち、それを育てれば聖人に至れると説きました。王の好奇の目を軽くいなしつつ、自分を特別な存在として見せようとしない態度にも、孟子の自負と謙虚さがうかがえます。仕事でも、すぐれた人を別世界の存在と考えると、学ぶことをあきらめてしまいます。偉人も同じ人間だと思えば、自分も一歩ずつ近づけると考えられるはずです。
関連する章句
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孟子・告子章句上公都子曰く、「告子曰く、『性は善も無く不善も無きなり。』或ひと曰く、『性は以て善を為す可く、以て不善を為す可し。是の故に文武興れば、則ち民善を好み、幽厲興れば、則ち民暴を好む。』或ひと曰く、『性善なる有り、性不善なる有り。是の故に堯を以て君と為して、象有り、瞽瞍を以て父と為して舜有り。紂を以て兄の子と為し、且つ以て君と為して、微子啓・王子比干有り。』今、性は善なりと曰う。然らば則ち彼は皆非なるか。」孟子曰く、「乃ち其の情に若えば、則ち以て善を為す可し。乃ち所謂善なり。夫の不善を為すが若きは、才の罪に非ざるなり。惻隱の心は、人皆之れ有り。羞惡の心は、人皆之れ有り。恭敬の心は、人皆之れ有り。是非の心は、人皆之れ有り。惻隱の心は、仁なり。羞惡の心は、義なり。恭敬の心は、禮なり。是非の心は、智なり。仁義禮智は、外由り我を鑠(シャク)するに非ざるなり。我之を固有するなり。思わざるのみ。故に曰く、『求むれば則ち之を得、舍つれば則ち之を失う。』或いは相倍蓰して、算無き者は、其の才を盡くすこと能わざる者なり。詩に曰く、『天の蒸民を生ずる、物有れば則有り。民は夷を秉(とる)る、是の懿德を好む。』孔子曰く、『此の詩を為る者は、其れ道を知れるか。』故に物有れば必ず則有り。民は夷を秉る、故に是の懿德を好む。」
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孟子・滕文公章句上滕の文公、世子為りしとき、將に楚に之かんとし、宋に過ぎりて孟子を見る。孟子、性善を道い、言えば必ず堯舜を稱す。世子、楚自り反りて、復た孟子を見る。孟子曰く、「世子は吾が言を疑うか。夫れ道は一のみ。成ᓟ(ケン)、齊の景公に謂いて曰く、『彼も丈夫なり。我も丈夫なり。吾何ぞ彼を畏れんや。』顏淵曰く、『舜何人ぞや。予何人ぞや。為す有る者亦た是の若し。』公明儀曰く、『文王は我が師なり。周公豈に我を欺むかんや。』今、滕、長をࡼち短を補わば、將に五十里ならんとす。猶ほ以て善國と為す可し。書に曰く、『若し藥瞑眩(メン・ゲン)せずんば、厥の疾瘳(いえる)えず。』」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「舜の深山の中に居るや、木石と居り、鹿豕と游ぶ、其の深山の野人に異なる所以の者は幾ど希なり。其の一善言を聞き、一善行を見るに及びては、江河を決するが若く、沛然として之を能く御ぐ莫きなり。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「規矩は方員の至りなり。聖人は人倫の至りなり。君為らんと欲せば君の道を盡くし、臣為らんと欲せば臣の道を盡くす。二者皆堯舜に法るのみ。舜の堯に事うる所以を以て君に事えざるは、其の君を敬せざる者なり。堯の民を治むる所以を以て民を治めざるは、其の民を賊する者なり。孔子曰く、『道は二つ、仁と不仁とのみ。』其の民を暴すること甚だしければ、則ち身弒せられ國亡ぶ。甚だしからざれば、則ち身危うく國削らる。之を名づけて幽厲と曰う。孝子慈孫と雖も、百世改むること能わざるなり。詩に云う、『殷鑒遠からず、夏后の世に在り。』此を之れ謂うなり。」
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「舜は諸馮に生まれ、負夏に遷り、鳴條に卒す。東夷の人なり。文王は岐周に生まれ、畢郢に卒す。西夷の人なり。地の相去るや、千有餘里。世の相後るるや、千有餘歲。志を得て中國に行うは、符節を合するが若し。先聖後聖、其の揆一なり。」
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「人皆人に忍びざるの心有り。先王、人に忍びざるの心有り、斯に人に忍びざるの政有り。人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行わば、天下を治むること、之を掌上に運らす可し。人皆人に忍びざるの心有りと謂う所以の者は、今、人乍(たちまち)ち孺子の將に井に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隱の心有り。交わりを孺子の父母に内るる所以に非ざるなり。譽をᰰ黨朋友に要むる所以に非ざるなり。其の聲を惡んで然るに非ざるなり。是に由りて之を觀れば、惻隱の心無きは、人に非ざるなり。羞惡の心無きは、人に非ざるなり。辭讓の心無きは、人に非ざるなり。是非の心無きは、人に非ざるなり。惻隱の心は、仁の端なり。羞惡の心は、義の端なり。辭讓の心は、禮の端なり。是非の心は、智の端なり。人の是の四端有るや、猶ほ其の四體有るがごときなり。是の四端有りて、而して自ら能わざると謂う者は、自ら賊う者なり。其の君能わずと謂う者は、其の君を賊う者なり。凡そ我に四端有る者は、皆擴して之を充たすことを知る。火の始めて然え、泉の始めて達するが若し。苟くも能く之を充たさば、以て四海を保んずるに足る。苟くも之を充たさざれば、以て父母に事うるに足らず。」
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