孟子 / 盡心章句上
孟子曰、舜之居深山之中、與木石居、與鹿豕遊。其所以異於深山之野人者幾希。及其聞一善言、見一善行、若決江河沛然、莫之能禦也。
新字:孟子曰、舜之居深山之中、与木石居、与鹿豕遊。其所以異於深山之野人者幾希。及其聞一善言、見一善行、若決江河沛然、莫之能禦也。
書き下し
孟子曰く、「舜の深山の中に居るや、木石と居り、鹿豕と遊ぶ。其の深山の野人に異なる所以の者は幾ど希なり。其の一善言を聞き、一善行を見るに及びては、江河を決して沛然たるが若く、之を能く禦むる莫きなり。」
現代語訳
孟子は言った。 「昔、舜が深山に暮らしていたころは、木や石に囲まれ、鹿や豕と遊びまわっていた。その生活は深山の野人とほとんど変わるところがなかった。ところが善言を一言でも聞き、善行を一目でも見れば、揚子江や黄河の水が堤を切って流れ出すような勢いで、善言・善行を取り入れようと突き進んだ。それは誰も阻止することが出来なかった。これこそが舜の聖人たる所以である。」
解説
優れた人物は、自分の置かれた環境や現在の実力に甘んじることなく、常に向上心を持って生きています。どんなに辺鄙な場所にいて平凡な生活を送っていても、他人の素晴らしい行いや正しい教えに触れた時には、素直にそれを認め、貪欲に自分の中に取り入れようとします。私たちも、年齢や立場に関係なく、自分より優れた人から学ぶ謙虚な姿勢を持ち、良いと感じたことはすぐに実行に移す柔軟性と情熱を持ち続けることが大切です。
この章句が説くこと
向上心謙虚さ素直な心自己変革
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