盲安杖 / 第十条・小利を捨て大利に至るべき事
小利を捨て大利に至れ。人間一生の行ひ皆我が身を思はぬハなし。何れの古人も身を捨てたるに非ず。身の爲を思ふが故に。行住坐臥勤めて愼ゝ德に至て悅ぶ。是を知らぞして名利ゟ貪り苦むを愚人と名く。されバ身の爲を思ふ事は何れも同事なれども。德の見樣に變りあり。至人ハ誠の爲に身命を拋て名利に止らず。己を捨て大利に至なり。愚人は利欲の爲に一命を吝ぎして。一生の間心を惱し身を苦めて。貪れども一人と忘て此思に滿足ハなく。叶ハざれども是を思捨る人なし。空く一生愁て永く三途の業因を結で、苦海に浮沈する事ハ。夢中の身に心ぞ住る故なり。佛語に曰く。一切有爲法、如夢幻泡影。如露亦如電。應作如是觀。誠に幻化の此身なる事を知らず、閑々として心を盡し。名聞利養を思ふ事。小利大損あさましき次第なり。佛出世在して是を救ひ玉へり。佛祖の敎に從ふ時ハ。大利を得ずと云ふことなし。心を靜めて是を知るべし。夫れ三千世界と云へり。此内大國の主と成りたりとて大なるに非ず。况や小國にさへ滿てざるをや。古語に曰く。渺々滄海一粟。識我生須臾。斯の如く敎へ置れたり。眼を付て此理に至るべし。儲て如何なるを大利と云ふとならバ。三界出離して四維上下南北東西を我物と爲し。竪に三際を窮め橫に十方に互る是れ之を大利と云ふなり
新字:小利を捨て大利に至れ。人間一生の行ひ皆我が身を思はぬハなし。何れの古人も身を捨てたるに非ず。身の為を思ふが故に。行住坐臥勤めて慎ゝ徳に至て悦ぶ。是を知らぞして名利ゟ貪り苦むを愚人と名く。されバ身の為を思ふ事は何れも同事なれども。徳の見様に変りあり。至人ハ誠の為に身命を抛て名利に止らず。己を捨て大利に至なり。愚人は利欲の為に一命を吝ぎして。一生の間心を悩し身を苦めて。貪れども一人と忘て此思に満足ハなく。叶ハざれども是を思捨る人なし。空く一生愁て永く三途の業因を結で、苦海に浮沈する事ハ。夢中の身に心ぞ住る故なり。仏語に曰く。一切有為法、如夢幻泡影。如露亦如電。応作如是観。誠に幻化の此身なる事を知らず、閑々として心を尽し。名聞利養を思ふ事。小利大損あさましき次第なり。仏出世在して是を救ひ玉へり。仏祖の教に従ふ時ハ。大利を得ずと云ふことなし。心を静めて是を知るべし。夫れ三千世界と云へり。此内大国の主と成りたりとて大なるに非ず。況や小国にさへ満てざるをや。古語に曰く。渺々滄海一粟。識我生須臾。斯の如く教へ置れたり。眼を付て此理に至るべし。儲て如何なるを大利と云ふとならバ。三界出離して四維上下南北東西を我物と為し。竪に三際を窮め横に十方に互る是れ之を大利と云ふなり
書き下し
小利を捨て大利に至れ。人間一生の行ひ皆我が身を思はぬハなし。何れの古人も身を捨てたるに非ず。身の為を思ふが故に。行住坐臥勤めて慎ゝ徳に至て悦ぶ。是を知らぞして名利より貪り苦むを愚人と名く。されバ身の為を思ふ事は何れも同事なれども。徳の見様に変りあり。至人ハ誠の為に身命を抛て名利に止らず。己を捨て大利に至なり。愚人は利欲の為に一命を吝ぎして。一生の間心を悩し身を苦めて。貪れども一人と忘て此思に満足ハなく。叶ハざれども是を思捨る人なし。空く一生愁て永く三途の業因を結で、苦海に浮沈する事ハ。夢中の身に心ぞ住る故なり。仏語に曰く。一切有為法、如夢幻泡影。如露亦如電。応作如是観。誠に幻化の此身なる事を知らず、閑々として心を尽し。名聞利養を思ふ事。小利大損あさましき次第なり。仏出世在して是を救ひ玉へり。仏祖の教に従ふ時ハ。大利を得ずと云ふことなし。心を静めて是を知るべし。夫れ三千世界と云へり。此内大国の主と成りたりとて大なるに非ず。況や小国にさへ満てざるをや。古語に曰く。渺々滄海一粟。識我生須臾。斯の如く教へ置れたり。眼を付て此理に至るべし。儲て如何なるを大利と云ふとならバ。三界出離して四維上下南北東西を我物と為し。竪に三際を窮め横に十方に互る是れ之を大利と云ふなり
現代語訳
小さな利を捨てて、大きな利に至りなさい。人間の一生の行いは、みな我が身を思わないものはありません。どの古人も身を捨てたのではありません。身のためを思うからこそ、行住坐臥つとめて慎み、徳に至って喜ぶのです。これを知らずに、名利をひたすら貪って苦しむ者を愚人と呼びます。ですから、身のためを思うことはみな同じでも、徳の見方に違いがあります。至人は誠のために身命を投げうち、名利に止まらず、己を捨てて大利に至ります。愚人は利欲のために一命を惜しんで、一生の間、心を悩まし身を苦しめ、貪っても一人として満足することなく、かなわなくてもこれを思い捨てる人はいません。むなしく一生を愁い、永く三途の業因を結んで、苦海に浮き沈みするのは、夢の中の身に心が住んでいるからです。仏の言葉に「一切の有為の法は、夢・幻・泡・影のごとく、露のごとく、また電のごとし。まさにこのように観ずべし」とあります。まことに幻のようなこの身であることを知らず、ゆったりと心を尽くして名聞・利養を思うのは、小利大損で、あさましいことです。仏が世に出て、これを救ってくださいました。仏祖の教えに従うときは、大利を得ないということはありません。心を静めてこれを知りなさい。そもそも三千世界といいます。この内の大国の主となったからといって大きいわけではありません。まして小国さえ満たされないではありませんか。古語に「渺々たる滄海の一粟、我が生の須臾なるを識る」とあります。このように教え置かれています。眼をつけてこの理に至りなさい。では、何を大利というのかといえば、三界を出離して、四維・上下・南北・東西を我が物とし、縦には三際を窮め、横には十方にわたる、これを大利というのです。
解説
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