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十善法語 / 巻第一・不殺生戒

世間ノ人生レ付タル善功德タニ全クシ得スシテ。畜生等ノ心ニナルハ。實ニ悲ムヘキコトシヤ。總束シテ云ハハ。佛ト異ナラヌ心ヲ持ナカラ。自ラ迷フテ此此ニタル業相ノ姿ヲ構ヘテ。其中ニ頭出頭沒シ。此ニ死シテハ彼ニ生シ。彼ニ死シテハ此ニ生シ。業風ニ吹マトハサレテ。暫クモ定カナラヌシヤ。一切時一切處ニ生モナク滅モナキ場所ニ自ラ生死ヲ構ヘテ。種種顚倒スルシヤ。彼モナク此モナキ一切平等ナル場處ニ其處ニハヘキリヲ拵ヘ。此處ニハヘタテヲ設テ。自ラ窮屈ニ入シヤ。今此三界皆是我有。其中衆生悉是吾子ナルニ。其子共カ互ニイサカヒセリアヒスルシヤ。甚シキニ至テハ人タル道ニ違フ。自己心中ニ大安樂ノ有ヲ知ラスニ迷テ居ルシヤ。

新字:世間ノ人生レ付タル善功徳タニ全クシ得スシテ。畜生等ノ心ニナルハ。実ニ悲ムヘキコトシヤ。総束シテ云ハハ。仏ト異ナラヌ心ヲ持ナカラ。自ラ迷フテ此此ニタル業相ノ姿ヲ構ヘテ。其中ニ頭出頭没シ。此ニ死シテハ彼ニ生シ。彼ニ死シテハ此ニ生シ。業風ニ吹マトハサレテ。暫クモ定カナラヌシヤ。一切時一切処ニ生モナク滅モナキ場所ニ自ラ生死ヲ構ヘテ。種種顛倒スルシヤ。彼モナク此モナキ一切平等ナル場処ニ其処ニハヘキリヲ拵ヘ。此処ニハヘタテヲ設テ。自ラ窮屈ニ入シヤ。今此三界皆是我有。其中衆生悉是吾子ナルニ。其子共カ互ニイサカヒセリアヒスルシヤ。甚シキニ至テハ人タル道ニ違フ。自己心中ニ大安楽ノ有ヲ知ラスニ迷テ居ルシヤ。

書き下し

世間ノ人生レ付タル善功徳タニ全クシ得スシテ。畜生等ノ心ニナルハ。実ニ悲ムヘキコトシヤ。総束シテ云ハハ。仏ト異ナラヌ心ヲ持ナカラ。自ラ迷フテ此此ニタル業相ノ姿ヲ構ヘテ。其中ニ頭出頭没シ。此ニ死シテハ彼ニ生シ。彼ニ死シテハ此ニ生シ。業風ニ吹マトハサレテ。暫クモ定カナラヌシヤ。一切時一切処ニ生モナク滅モナキ場所ニ自ラ生死ヲ構ヘテ。種種顛倒スルシヤ。彼モナク此モナキ一切平等ナル場処ニ其処ニハヘキリヲ拵ヘ。此処ニハヘタテヲ設テ。自ラ窮屈ニ入シヤ。今此三界皆是我有。其中衆生悉是吾子ナルニ。其子共カ互ニイサカヒセリアヒスルシヤ。甚シキニ至テハ人タル道ニ違フ。自己心中ニ大安楽ノ有ヲ知ラスニ迷テ居ルシヤ。

現代語訳

世間の人が、生まれつき具えた善い功徳さえ全うすることができずに、畜生などの心になるのは、実に悲しむべきことである。総まとめにして言えば、仏と異ならない心を持ちながら、自ら迷って、あれこれに似た業のすがたを構えて、その中で浮き沈みし、ここで死んではあちらに生まれ、あちらで死んではここに生まれ、業の風に吹きまとわされて、しばらくも定まらないのである。いつでもどこでも生もなく滅もない場所に、自ら生死を構えて、さまざまに逆さまな思いをするのである。彼もなく此もない一切平等の場所に、そこには仕切りを拵え、ここには隔てを設けて、自ら窮屈な所に入るのである。今この三界はみな私のものであり、その中の衆生はことごとくわが子であるのに、その子供たちが互いに諍い、せり合いをするのである。甚だしいに至っては、人たる道に違う。自己の心の中に大きな安楽があることを知らずに、迷っているのである。

解説

巻一の結びである。人は生まれつき十善の徳を具えているのに、それを全うできずに獣のような心になるのは悲しい、と尊者は言う。本来は生も滅もなく、彼此の隔てもない平等の場に、自ら仕切りを作って窮屈に入り込む。法華経の「三界皆是我有、衆生悉是吾子」に戻り、同じ親の子である人々が互いに争っていると嘆く。そして最後に、自分の心の中にすでに大きな安楽があるのに気づかないのだと締めくくる。外に安らぎを探す前に、内にあるものに目を向けよという呼びかけである。

この章句が説くこと

安楽迷い平等生死三界十善

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