万民徳用 / 三寶の使い方・第十
十、佛法修行は、有爲の法を斷して本源自性に契ふ、此の心即ち不生不滅にして、極樂淨土に住する寶なり。夫れ佛は萬德圓滿なり、佛法の寶無量無盡也。然りと雖も、佛弟子名利に住する時は、三寶威を失ひ光隱れて、萬民無明深夜の闇に迷ふ。
新字:十、仏法修行は、有為の法を断して本源自性に契ふ、此の心即ち不生不滅にして、極楽浄土に住する宝なり。夫れ仏は万徳円満なり、仏法の宝無量無尽也。然りと雖も、仏弟子名利に住する時は、三宝威を失ひ光隠れて、万民無明深夜の闇に迷ふ。
書き下し
十、仏法修行は、有為の法を断して本源自性に契ふ、此の心即ち不生不滅にして、極楽浄土に住する宝なり。夫れ仏は万徳円満なり、仏法の宝無量無尽也。然りと雖も、仏弟子名利に住する時は、三宝威を失ひ光隠れて、万民無明深夜の闇に迷ふ。
現代語訳
十、仏法の修行とは、作為によって生じるもの(有為の法)への執着を断って、本来の源である自らの本性にかなうことである。この心はそのまま生まれも滅びもせず、極楽浄土に住む宝である。そもそも仏はあらゆる徳が満ち足りており、仏法という宝は量りも尽きもない。しかしながら、仏の弟子が名誉や利益にとらわれると、三宝の威徳は失われて光が隠れ、世の人々は無明の深夜の闇に迷ってしまう。
解説
十か条の最後です。有為の法とは、人間のはからいで作られ移ろうもののことで、正三はそこから離れ、本来の自性に合うことを修行の核心としました。そのうえで、仏弟子が名利に住すれば三宝の威は失われ、世は闇に迷うと厳しく戒めます。指導する立場の者が地位や評判を求めれば、その組織全体が光を失うという警告として読めます。経営者や管理職にとっても、自分の動機が名利に傾いていないかを問う一節です。
この章句が説くこと
有為の法自性極楽浄土三宝名利無明
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