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名将言行録 / 『名将言行録』加藤清正 姓を借りたことの弁明

○清正、秀吉の免許なきに、豐臣朝臣と姓名を記し、明人と筆談に及びしことあり、此事石田三成が譛に依り、秀吉直ちに詰問せらる。清正、某こと鄙賤の者故、姓氏とても存じ申さず、去りながら、小西と某は日本の先鋒として異國に入り、明人との參會に、小西ことは藤原氏と名乘りしかども、某は元より如何書き申べきや、丁簡もなく、後日の御咎は是非もなし、御姓を冒して、異國人を喝し申すべき爲めに仕候と申ければ、秀吉機嫌直りて、左こそあるべけれ、德川殿も聞給へ、彼者ことは、我等同じ在所の者にて、實は從弟なり。唯今こそ此事を申すなりとて、名劍を賜はり、又朝鮮に渡海せしめられけり。

新字:○清正、秀吉の免許なきに、豊臣朝臣と姓名を記し、明人と筆談に及びしことあり、此事石田三成が譛に依り、秀吉直ちに詰問せらる。清正、某こと鄙賤の者故、姓氏とても存じ申さず、去りながら、小西と某は日本の先鋒として異国に入り、明人との参会に、小西ことは藤原氏と名乗りしかども、某は元より如何書き申べきや、丁簡もなく、後日の御咎は是非もなし、御姓を冒して、異国人を喝し申すべき為めに仕候と申ければ、秀吉機嫌直りて、左こそあるべけれ、徳川殿も聞給へ、彼者ことは、我等同じ在所の者にて、実は従弟なり。唯今こそ此事を申すなりとて、名剣を賜はり、又朝鮮に渡海せしめられけり。

書き下し

○清正、秀吉の免許なきに、豐臣朝臣と姓名を記し、明人と筆談に及びしことあり、此事石田三成が譛に依り、秀吉直ちに詰問せらる。清正、某こと鄙賤の者故、姓氏とても存じ申さず、去りながら、小西と某は日本の先鋒として異國に入り、明人との參會に、小西ことは藤原氏と名乘りしかども、某は元より如何書き申べきや、丁簡もなく、後日の御咎は是非もなし、御姓を冒して、異國人を喝し申すべき爲めに仕候と申ければ、秀吉機嫌直りて、左こそあるべけれ、德川殿も聞給へ、彼者ことは、我等同じ在所の者にて、實は從弟なり。唯今こそ此事を申すなりとて、名劍を賜はり、又朝鮮に渡海せしめられけり。

現代語訳

清正が、秀吉の許しもなく、「豊臣朝臣」と姓名を書いて、明の人と筆談したことがありました。このことを石田三成が讒言したので、秀吉はすぐに詰問しました。清正は、「私は卑しい身分なので、姓氏といっても存じません。ですが、小西と私は日本の先鋒として異国に入り、明人との参会に、小西は藤原氏と名乗りましたが、私はもとより、どのように書いてよいか分かりません。手がかりもなく、後日のお咎めは致し方ありません。御姓を借りて、異国人を威嚇するために致しました」と申しました。秀吉は機嫌を直し、「そうであるに違いない。徳川殿も聞かれよ。彼のことは、我らと同じ在所の者で、実は従弟である。ただ今こそこのことを申すのだ」と言って、名剣を賜り、また朝鮮に渡海させました。

解説

許しなく豊臣の姓を使ったと詰問された清正が、威嚇のためだったと弁明し、秀吉が機嫌を直して同郷の従弟と語ったとされる章句です。清正と秀吉の縁戚関係が語られる点は伝承として注意が要ります。ここで読める要点は、手続き上の落ち度を認めたうえで、目的を率直に説明して責任を引き受けたことです。現代の仕事でも、独断で動いた結果を問われたとき、言い訳を重ねるより、背景と目的を簡潔に示して処分を待つ姿勢が、かえって信頼を得ることがあります。
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この章句が説くこと

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