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名将言行録 / 『名将言行録』福島正則 降った者に手を出させない

(註:吉田は、今の豐橋である。) ○此役、織田秀信力盡きて降參し、少勢にて諸將の備の中を通り、高野山に行かんとす。時に秀信を擒にすべしと言ふ者あり、正則之を聞き士は約に違ふを以て恥と爲す。和睦既に成て、軍を止めしを陷るは武の冥利盡る所なりと、固く制止せし故、事故なく何れも通せしとぞ。 ○此役、秀信の臣、木造左衞門佐長正奮戰し手負ひて、岐阜近き民家に居けるを、正則聞て使者を遣はし、今日の手負心元なし、醫師を申付べきやとありければ、長正、御懇志誠に忘れ難し、御邊見給ふ如く、薄手なれば、聊か御氣遣なき樣に申されて賜はるべしと言へり。其後前田利長招けども行かず、正則の招に應じて二萬石を食めり。

新字:(註:吉田は、今の豊橋である。) ○此役、織田秀信力尽きて降参し、少勢にて諸将の備の中を通り、高野山に行かんとす。時に秀信を擒にすべしと言ふ者あり、正則之を聞き士は約に違ふを以て恥と為す。和睦既に成て、軍を止めしを陥るは武の冥利尽る所なりと、固く制止せし故、事故なく何れも通せしとぞ。 ○此役、秀信の臣、木造左衛門佐長正奮戦し手負ひて、岐阜近き民家に居けるを、正則聞て使者を遣はし、今日の手負心元なし、医師を申付べきやとありければ、長正、御懇志誠に忘れ難し、御辺見給ふ如く、薄手なれば、聊か御気遣なき様に申されて賜はるべしと言へり。其後前田利長招けども行かず、正則の招に応じて二万石を食めり。

書き下し

(註:吉田は、今の豐橋である。) ○此役、織田秀信力盡きて降參し、少勢にて諸將の備の中を通り、高野山に行かんとす。時に秀信を擒にすべしと言ふ者あり、正則之を聞き士は約に違ふを以て恥と爲す。和睦既に成て、軍を止めしを陷るは武の冥利盡る所なりと、固く制止せし故、事故なく何れも通せしとぞ。 ○此役、秀信の臣、木造左衞門佐長正奮戰し手負ひて、岐阜近き民家に居けるを、正則聞て使者を遣はし、今日の手負心元なし、醫師を申付べきやとありければ、長正、御懇志誠に忘れ難し、御邊見給ふ如く、薄手なれば、聊か御氣遣なき樣に申されて賜はるべしと言へり。其後前田利長招けども行かず、正則の招に應じて二萬石を食めり。

現代語訳

(註:吉田は、今の豊橋である。) この役のとき、織田秀信は力尽きて降参し、少ない勢で諸将の陣の中を通って、高野山へ行こうとした。そのとき、秀信を捕らえるべきだと言う者があった。正則はこれを聞き、武士は約束に背くことを恥とする。和睦がすでに成って軍を止めたものを陥れるのは、武の冥利が尽きるところだと言って、固く制止したので、事なくみな通すことができたという。 この役のとき、秀信の家臣の木造左衛門佐長正は奮戦して傷を負い、岐阜に近い民家にいた。正則はこれを聞いて使者を遣わし、今日の傷は心もとない、医者を付けようかと言わせたところ、長正は、ご厚志はまことに忘れがたい、ご覧のとおり薄手ですので、少しもお気遣いくださいませんようにと申し上げてください、と答えた。その後、前田利長が招いても行かず、正則の招きに応じて二万石を与えられた。

解説

最初の一行は本文中の註で、地名の説明です。続く二つの逸話では、降参した相手を捕らえようとする声を正則が止め、手傷を負った敵方の家臣を気遣い、のちに召し抱えたと語られます。戦のあとの扱いが、相手の心を動かす例です。成立当時の「武士は約束を違えない」という通念をふまえつつ、現代では競合や取引先との関係に置き換えられます。相手が負けたあとの扱いは、その後の評判と人材の流れを左右します。細部は逸話として読みます。
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この章句が説くこと

福島正則織田秀信木造長正約束降参人材登用

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