名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 温泉場の三つの土産
○孝高、牟左志の温泉に滯留の時、或日千石取の士、干菜一把を從者に持たせ來て、機嫌を伺ふ。孝高、其儉約なるを稱して大に喜ばれたり。二三日過ぎて、又七百石取の者、自ら一升樽を携へ來れば、孝高又大に喜べり。四五日を經て、百石取の者、鮮鯛を白木の折に載せて呈上す。孝高之を見て喜ばず、汝小祿の身分にて、斯く奢靡なれば、定めし資給乏く、武具も揃はず、家族も育み難く、遂には恩義を忘るゝに至らんと叱らければ、是者大に當惑し、御意恐入り奉り候、是肴は折共に、知音の町人より今朝音物に受けし故、殿に何に哉と思ひ失敬とは知りながら、之を獻じ奉りしと申す。孝高、其内情を聞き、然らば其白木の折は持歸りて市店に賣拂へ、宅へ留置ては無用なりと言はれけり。
新字:○孝高、牟左志の温泉に滞留の時、或日千石取の士、干菜一把を従者に持たせ来て、機嫌を伺ふ。孝高、其倹約なるを称して大に喜ばれたり。二三日過ぎて、又七百石取の者、自ら一升樽を携へ来れば、孝高又大に喜べり。四五日を経て、百石取の者、鮮鯛を白木の折に載せて呈上す。孝高之を見て喜ばず、汝小禄の身分にて、斯く奢靡なれば、定めし資給乏く、武具も揃はず、家族も育み難く、遂には恩義を忘るゝに至らんと叱らければ、是者大に当惑し、御意恐入り奉り候、是肴は折共に、知音の町人より今朝音物に受けし故、殿に何に哉と思ひ失敬とは知りながら、之を献じ奉りしと申す。孝高、其内情を聞き、然らば其白木の折は持帰りて市店に売払へ、宅へ留置ては無用なりと言はれけり。
書き下し
○孝高、牟左志の温泉に滯留の時、或日千石取の士、干菜一把を從者に持たせ來て、機嫌を伺ふ。孝高、其儉約なるを稱して大に喜ばれたり。二三日過ぎて、又七百石取の者、自ら一升樽を携へ來れば、孝高又大に喜べり。四五日を經て、百石取の者、鮮鯛を白木の折に載せて呈上す。孝高之を見て喜ばず、汝小祿の身分にて、斯く奢靡なれば、定めし資給乏く、武具も揃はず、家族も育み難く、遂には恩義を忘るゝに至らんと叱らければ、是者大に當惑し、御意恐入り奉り候、是肴は折共に、知音の町人より今朝音物に受けし故、殿に何に哉と思ひ失敬とは知りながら、之を獻じ奉りしと申す。孝高、其内情を聞き、然らば其白木の折は持歸りて市店に賣拂へ、宅へ留置ては無用なりと言はれけり。
現代語訳
孝高が牟左志の温泉に滞在していたとき、ある日、千石取りの士が、干し菜一把を従者に持たせてきて、ご機嫌を伺いました。孝高は、その倹約ぶりをほめて大いに喜びました。二、三日たって、また七百石取りの者が、自ら一升樽を携えてくると、孝高はまた大いに喜びました。四、五日たって、百石取りの者が、鮮やかな鯛を白木の折に載せて差し上げました。孝高はこれを見て喜ばず、おまえは小禄の身分でこのように奢靡では、さだめし資金も乏しく、武具も揃わず、家族も養いがたく、ついには恩義を忘れるに至るだろうと叱りました。この者は大いに当惑し、お言葉恐れ入りますが、この魚は折ごと、知り合いの町人から今朝贈り物としていただいたので、殿には何かと思い、失礼とは知りながら献上したのですと申しました。孝高はその内情を聞き、それならばその白木の折は持ち帰って市の店に売り払え、家に留め置いても無用だと言いました。
解説

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