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名将言行録 / 『名将言行録』黑田孝高 孝高の天下見通し

○秀吉病重かりしかば、朝鮮渡海の人數を引取らんとせられける時、家康を差下されんとの說なり。孝高之を聞き、天下は家康に究まると言ふ、其故は、今度家康越されなば、西國衆、太閤の御前頼入るとて、種々家康へ親みを深くすべし、太閤を大切に存ずる程の者は、倘々家康へ出入すべし、出入して親む程、正き志を知り、心を寄すべく、尤も家康柔和にして、眞實あれば、悉く親み申べし、夫に太閤御他界あらば、秀賴公は御幼少なり、自然家康の天下に成るべきなりと。然る所に、石田三成、御使として下向せり。孝高、彌々天下は家康なりと言ふ、其故は三成佞なる者なれば、西國衆と親み申べけれども、人々馴れ近づく程、三成が佞を見出し、内心には疎むべし、去れども、外は太閤への執成に預るべきと、各々眞實振りをするを、三成誠と心得、一入驕て、太閤御他界の後上を輕んじ、謀反を企つべし、其時物の理暗ければ、時節遲きか早きかにて、本意を失ひ、豐臣家の衆中に心を放され、家康に討たるべし、事さへ起れば家康の天下なりと言へり、聞く者、關白秀次公生きて居給はば、如何と問ふ。孝高猶以て家康なりと言ふ。其故は三成が如く驕、重疊なれば、秀次を敵にして、秀賴公を引く振りして、事を起すべし。其時は三成、家康を後立に頼むべし、家康も之を考へ一味必定なり、偖秀次を倒し候へば、秀賴公は御幼少なり、人々三成を押掠め、家康を敬ふべき間、兎角天下は家康に歸すべきなりと言へり。

新字:○秀吉病重かりしかば、朝鮮渡海の人数を引取らんとせられける時、家康を差下されんとの説なり。孝高之を聞き、天下は家康に究まると言ふ、其故は、今度家康越されなば、西国衆、太閤の御前頼入るとて、種々家康へ親みを深くすべし、太閤を大切に存ずる程の者は、倘々家康へ出入すべし、出入して親む程、正き志を知り、心を寄すべく、尤も家康柔和にして、真実あれば、悉く親み申べし、夫に太閤御他界あらば、秀頼公は御幼少なり、自然家康の天下に成るべきなりと。然る所に、石田三成、御使として下向せり。孝高、弥々天下は家康なりと言ふ、其故は三成佞なる者なれば、西国衆と親み申べけれども、人々馴れ近づく程、三成が佞を見出し、内心には疎むべし、去れども、外は太閤への執成に預るべきと、各々真実振りをするを、三成誠と心得、一入驕て、太閤御他界の後上を軽んじ、謀反を企つべし、其時物の理暗ければ、時節遅きか早きかにて、本意を失ひ、豊臣家の衆中に心を放され、家康に討たるべし、事さへ起れば家康の天下なりと言へり、聞く者、関白秀次公生きて居給はば、如何と問ふ。孝高猶以て家康なりと言ふ。其故は三成が如く驕、重畳なれば、秀次を敵にして、秀頼公を引く振りして、事を起すべし。其時は三成、家康を後立に頼むべし、家康も之を考へ一味必定なり、偖秀次を倒し候へば、秀頼公は御幼少なり、人々三成を押掠め、家康を敬ふべき間、兎角天下は家康に帰すべきなりと言へり。

書き下し

○秀吉病重かりしかば、朝鮮渡海の人數を引取らんとせられける時、家康を差下されんとの說なり。孝高之を聞き、天下は家康に究まると言ふ、其故は、今度家康越されなば、西國衆、太閤の御前頼入るとて、種々家康へ親みを深くすべし、太閤を大切に存ずる程の者は、倘々家康へ出入すべし、出入して親む程、正き志を知り、心を寄すべく、尤も家康柔和にして、眞實あれば、悉く親み申べし、夫に太閤御他界あらば、秀賴公は御幼少なり、自然家康の天下に成るべきなりと。然る所に、石田三成、御使として下向せり。孝高、彌々天下は家康なりと言ふ、其故は三成佞なる者なれば、西國衆と親み申べけれども、人々馴れ近づく程、三成が佞を見出し、内心には疎むべし、去れども、外は太閤への執成に預るべきと、各々眞實振りをするを、三成誠と心得、一入驕て、太閤御他界の後上を輕んじ、謀反を企つべし、其時物の理暗ければ、時節遲きか早きかにて、本意を失ひ、豐臣家の衆中に心を放され、家康に討たるべし、事さへ起れば家康の天下なりと言へり、聞く者、關白秀次公生きて居給はば、如何と問ふ。孝高猶以て家康なりと言ふ。其故は三成が如く驕、重疊なれば、秀次を敵にして、秀賴公を引く振りして、事を起すべし。其時は三成、家康を後立に頼むべし、家康も之を考へ一味必定なり、偖秀次を倒し候へば、秀賴公は御幼少なり、人々三成を押掠め、家康を敬ふべき間、兎角天下は家康に歸すべきなりと言へり。

現代語訳

秀吉の病が重くなったので、朝鮮に渡った軍勢を引き取ろうとしたとき、家康を派遣するという説が出ました。孝高はこれを聞いて、天下は家康に定まると言いました。その理由は、今度家康が行けば、西国の人々は、太閤の御前をお願いすると言って、さまざまに家康に親しみを深めるでしょう。太閤を大切に思うほどの者は、いよいよ家康のもとへ出入りするでしょう。出入りして親しむほど、その正しい志を知り、心を寄せるはずです。ことに家康は柔和で真実があるので、皆が親しむでしょう。その上、太閤がご他界なさったとき、秀頼公は幼少です。自然と家康の天下になるでしょう、と言いました。そうしたところ、石田三成が御使いとして下向しました。孝高は、いよいよ天下は家康だと言いました。その理由は、三成は佞人なので、西国の人々と親しむでしょうが、人々が馴れ親しむほど、三成の佞を見出して、内心では疎むでしょう。けれども、外見は太閤への取り成しにあずかるため、それぞれ真実らしく振る舞い、三成はそれを誠と思い込んで、いよいよ驕り、太閤のご他界の後は、上を軽んじて謀反を企てるでしょう。そのとき、物の道理に暗いので、時期が遅いか早いかによって、本意を失い、豊臣家の人々の心が離れて、家康に討たれるでしょう。事さえ起これば家康の天下になる、と言いました。聞いていた者が、関白秀次公が生きておられたらどうかと尋ねました。孝高はなお、家康だと言いました。その理由は、三成のように驕りが重なれば、秀次を敵にして、秀頼公を引き立てるふりをして事を起こすでしょう。そのときは三成は家康を後ろ盾に頼むでしょう、家康もこれを考えて、一味することは確実です。そして秀次を倒せば、秀頼公は幼少なので、人々は三成を押し退け、家康を敬うでしょう。いずれにしても天下は家康に帰するでしょう、と言いました。

解説

孝高が、誰が派遣されても、誰が事を起こしても、結局は天下が家康に帰すると、筋道を立てて見通した話です。人は、親しく付き合うほどその本性が見え、誠実で柔和な者は慕われ、佞人は疎まれる、という人間観が根にあります。後の関ヶ原を知る立場からの脚色かもしれず、史実と断定はできません。現代のビジネスでも、競合や関係者の行動パターンから、数手先の局面を読み、どこに力が集まるかを考える練習として読めます。
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この章句が説くこと

黒田孝高家康石田三成情勢の読み人望見通し

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