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名将言行録 / 『名将言行録』伊達政宗 木刀の大脇差

○寬永の頃、幕府にて、政宗は歷世の宿將なればとて、優待並々ならず、遇頻りにて、屢々召されて茶を賜はり、又は酒宴に預りけるが、政宗は老年に似合はしからざる大脇差を好みけるが、家光の前にては、何つも其脇差を脫して進みけるを見られ、老年のこと故苦しからねば、此後は脇差を帶したる儘進むべし、汝は如何樣なる心あろやらん、知らねども、予は政宗のこと少しも、氣遣には思はず、脇差差して出でずば、盃をば遣らず、と戲られしかば、政宗、感淚を止めあへず、是まで御兩代の間、政宗、不肖ながら身命を拋て汗馬の勞を致せしことは、身に覺あれど、今の上樣には、何にもさせる忠勤箇間敷こと少しも申上げず、然ろを御代々の御餘恩と、老臣が殘喘の衰態を愍ませ給ひ、斯くまで有り難き御恩遇を蒙ること、死すとも忘るべからずとて、其日は殊更大に酩酊し、前後も知らず御前にて鼾かきて熟睡したる間、側に脫置きし彼の大脇差を近習の輩、密に拔て見れば、中身を木刀にて造りありしとぞ。

新字:○寛永の頃、幕府にて、政宗は歴世の宿将なればとて、優待並々ならず、遇頻りにて、屡々召されて茶を賜はり、又は酒宴に預りけるが、政宗は老年に似合はしからざる大脇差を好みけるが、家光の前にては、何つも其脇差を脱して進みけるを見られ、老年のこと故苦しからねば、此後は脇差を帯したる儘進むべし、汝は如何様なる心あろやらん、知らねども、予は政宗のこと少しも、気遣には思はず、脇差差して出でずば、盃をば遣らず、と戯られしかば、政宗、感涙を止めあへず、是まで御両代の間、政宗、不肖ながら身命を抛て汗馬の労を致せしことは、身に覚あれど、今の上様には、何にもさせる忠勤箇間敷こと少しも申上げず、然ろを御代々の御余恩と、老臣が残喘の衰態を愍ませ給ひ、斯くまで有り難き御恩遇を蒙ること、死すとも忘るべからずとて、其日は殊更大に酩酊し、前後も知らず御前にて鼾かきて熟睡したる間、側に脱置きし彼の大脇差を近習の輩、密に抜て見れば、中身を木刀にて造りありしとぞ。

書き下し

○寬永の頃、幕府にて、政宗は歷世の宿將なればとて、優待並々ならず、遇頻りにて、屢々召されて茶を賜はり、又は酒宴に預りけるが、政宗は老年に似合はしからざる大脇差を好みけるが、家光の前にては、何つも其脇差を脫して進みけるを見られ、老年のこと故苦しからねば、此後は脇差を帶したる儘進むべし、汝は如何樣なる心あろやらん、知らねども、予は政宗のこと少しも、氣遣には思はず、脇差差して出でずば、盃をば遣らず、と戲られしかば、政宗、感淚を止めあへず、是まで御兩代の間、政宗、不肖ながら身命を拋て汗馬の勞を致せしことは、身に覺あれど、今の上樣には、何にもさせる忠勤箇間敷こと少しも申上げず、然ろを御代々の御餘恩と、老臣が殘喘の衰態を愍ませ給ひ、斯くまで有り難き御恩遇を蒙ること、死すとも忘るべからずとて、其日は殊更大に酩酊し、前後も知らず御前にて鼾かきて熟睡したる間、側に脫置きし彼の大脇差を近習の輩、密に拔て見れば、中身を木刀にて造りありしとぞ。

現代語訳

寛永のころ、幕府では、政宗は代々の宿将であるからと、優遇は並々でなく、しばしば召して茶を賜り、あるいは酒宴にあずからせた。政宗は老年に似つかわしくない大脇差を好んでいたが、家光の前では、いつもその脇差を外して進んだ。それをご覧になって「老年のことだから差し支えない。今後は脇差を帯びたまま進むがよい。おまえがどのような心でいるかは知らぬが、私は政宗のことを少しも気遣いには思わない。脇差を差して出なければ、盃はやらぬ」と冗談を言われたので、政宗は感涙を止められず、「これまで御両代の間、政宗は不肖ながら身命を投げ出して戦場の働きをしたことは覚えがございますが、今の上様には、何ほどの忠勤もまったく申し上げておりません。それなのに代々のご恩を重ねて、老臣の衰えた姿を哀れんでいただき、このようにありがたいご厚遇を受けることは、死んでも忘れられません」と言って、その日はとりわけ大いに酔い、前後も知らず御前でいびきをかいて眠っていた。そのあいだ、側に脱ぎ置いた例の大脇差を近習の者たちがひそかに抜いて見ると、中身は木刀で作ってあったという。

解説

晩年の政宗に、家光が脇差を帯びたまま出るよう許し、冗談混じりに信頼を示した場面です。感涙した政宗が酔って眠り、脇差が木刀だったと近習が気づく結びは、威厳を保ちつつ警戒されない配慮を示す逸話とも、老境のおどけとも読めます。伝承の色が濃く、事実としては断定できません。ただ、相手を疑わないと明示した上司の言葉が、部下の忠誠を深める効果は、現代の職場でも見られます。信頼の示し方が、相手との関係を変える例として読めます。
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この章句が説くこと

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