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名将言行録 / 『名将言行録』蒲生氏郷 家風の偏りと和歌

○氏鄕曰く、今何の某の家風は和にして恩を貴ぶ、其士多く柔弱なり、義に感じ禮を知る者餘りありて、勇猛の士寡し、又何の某の家風は凜々と締り、武道の心掛け能く、手强き士多くして、義に感じ禮を知る者寡し、兩家互に失あり、譬へば、春夏は萬物盛長の時なれども、病に感ずる者多く、物腐り易く虫蛆を生ずるが如し、是れ恩を貴ぶの失なり。又秋冬は木葉衰枯する時なれども、物の成熟すること多し、其家風の縮りたるに似たり。春夏秋冬一偏に傾かざる樣に家風を正すを、主將の器と言ふべしと。 ○氏鄕、平生武職を守り、聊も怠らず。日夜家臣を集めて武道を琢磨し、明日の合戰に、其言に違はず働くことを專一とせい、家に財を蓄ろことなく、智士勇者を諸方より招て財祿を與へ、死を與に爲さんことを欲する故、天下の名士多く歸屬せり。之に依り秀吉、奧州の鎭壓とはせられけり。凡そ祿百餘萬石に充れども、臺所間々失食のことありて、家臣の徒より交々之を養ひしことありしとぞ。 ○氏鄕曰く、『雲は皆、拂ひ果てたる、秋風を、松に殘して、月をこそ見れ』。又『月澄みて、雲皆空に、消果てゝ、深山隱くれを、行く嵐哉』。此二首の和歌は軍法の心得に、大將たる者味ふべきなりと。 ○氏鄕、夜話には怪談を好めり。又武邊の話になりては、退屈せぬものなりとて、蠟燭二挺を限りに、夜話の者退出す、夏の夜は蠟燭を短く剪て風所に燈し置かれけり。

新字:○氏郷曰く、今何の某の家風は和にして恩を貴ぶ、其士多く柔弱なり、義に感じ礼を知る者余りありて、勇猛の士寡し、又何の某の家風は凜々と締り、武道の心掛け能く、手強き士多くして、義に感じ礼を知る者寡し、両家互に失あり、譬へば、春夏は万物盛長の時なれども、病に感ずる者多く、物腐り易く虫蛆を生ずるが如し、是れ恩を貴ぶの失なり。又秋冬は木葉衰枯する時なれども、物の成熟すること多し、其家風の縮りたるに似たり。春夏秋冬一偏に傾かざる様に家風を正すを、主将の器と言ふべしと。 ○氏郷、平生武職を守り、聊も怠らず。日夜家臣を集めて武道を琢磨し、明日の合戦に、其言に違はず働くことを専一とせい、家に財を蓄ろことなく、智士勇者を諸方より招て財禄を与へ、死を与に為さんことを欲する故、天下の名士多く帰属せり。之に依り秀吉、奥州の鎮圧とはせられけり。凡そ禄百余万石に充れども、台所間々失食のことありて、家臣の徒より交々之を養ひしことありしとぞ。 ○氏郷曰く、『雲は皆、払ひ果てたる、秋風を、松に残して、月をこそ見れ』。又『月澄みて、雲皆空に、消果てゝ、深山隠くれを、行く嵐哉』。此二首の和歌は軍法の心得に、大将たる者味ふべきなりと。 ○氏郷、夜話には怪談を好めり。又武辺の話になりては、退屈せぬものなりとて、蝋燭二挺を限りに、夜話の者退出す、夏の夜は蝋燭を短く剪て風所に灯し置かれけり。

書き下し

○氏鄕曰く、今何の某の家風は和にして恩を貴ぶ、其士多く柔弱なり、義に感じ禮を知る者餘りありて、勇猛の士寡し、又何の某の家風は凜々と締り、武道の心掛け能く、手强き士多くして、義に感じ禮を知る者寡し、兩家互に失あり、譬へば、春夏は萬物盛長の時なれども、病に感ずる者多く、物腐り易く虫蛆を生ずるが如し、是れ恩を貴ぶの失なり。又秋冬は木葉衰枯する時なれども、物の成熟すること多し、其家風の縮りたるに似たり。春夏秋冬一偏に傾かざる樣に家風を正すを、主將の器と言ふべしと。 ○氏鄕、平生武職を守り、聊も怠らず。日夜家臣を集めて武道を琢磨し、明日の合戰に、其言に違はず働くことを專一とせい、家に財を蓄ろことなく、智士勇者を諸方より招て財祿を與へ、死を與に爲さんことを欲する故、天下の名士多く歸屬せり。之に依り秀吉、奧州の鎭壓とはせられけり。凡そ祿百餘萬石に充れども、臺所間々失食のことありて、家臣の徒より交々之を養ひしことありしとぞ。 ○氏鄕曰く、『雲は皆、拂ひ果てたる、秋風を、松に殘して、月をこそ見れ』。又『月澄みて、雲皆空に、消果てゝ、深山隱くれを、行く嵐哉』。此二首の和歌は軍法の心得に、大將たる者味ふべきなりと。 ○氏鄕、夜話には怪談を好めり。又武邊の話になりては、退屈せぬものなりとて、蠟燭二挺を限りに、夜話の者退出す、夏の夜は蠟燭を短く剪て風所に燈し置かれけり。

現代語訳

氏郷は言った。今、何某の家風は穏やかで恩を貴ぶので、その士は多く柔弱である。義に感じ礼を知る者は余るほどだが、勇猛の士が少ない。また何某の家風は凛と締まり、武道の心がけがよく、手強い士が多いが、義に感じ礼を知る者が少ない。両家とも互いに欠点がある。たとえば、春夏は万物が盛んに成長する時だが、病にかかる者が多く、物が腐りやすく虫やうじが生じるようなものだ。これは恩を貴ぶことの失である。また秋冬は木の葉が衰え枯れる時だが、物が成熟することが多い。その家風が引き締まったのに似ている。春夏秋冬の一方に偏らないように家風を正すことを、主将の器というべきである、と。 氏郷は平生、武職を守り、少しも怠らなかった。日夜、家臣を集めて武道を磨き、明日の合戦で、その言葉に違わず働くことを第一とした。家に財を蓄えることなく、智士勇者を諸方から招いて財禄を与え、死をともにしたいと願ったので、天下の名士が多く帰属した。これによって秀吉は、奥州の鎮めとさせた。およそ禄百余万石に及んだが、台所はときどき食を失うことがあり、家臣たちが代わるがわるこれを養ったことがあったという。 氏郷は言った。「雲は皆払ひ果てたる秋風を松に残して月をこそ見れ」。また「月澄みて雲皆空に消え果てて深山隠れを行く嵐哉」。この二首の和歌は軍法の心得として、大将たる者が味わうべきである、と。 氏郷は夜話には怪談を好んだ。また武辺の話になると退屈しないからと、蝋燭二本を限りに夜話の者を退出させた。夏の夜は蝋燭を短く切って、風の当たる所に灯しておいたという。

解説

家風を季節にたとえ、恩に偏ると柔弱に、規律に偏ると義を欠くとして、偏らないことを主将の器とする氏郷の説です。優しい組織と厳しい組織、どちらにも欠点があるという視点は、現代の組織文化論に近いものです。財を蓄えず、人材に禄を与えたため、台所が苦しくなったという話も、理想と現実の落差を示します。和歌二首を軍法の心得とする箇所は、空気が澄み、余計なものが払われる様子を、指揮官の心の持ち方と重ねています。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

家風恩規律主将の器財を蓄えない和歌

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