韓非子 / 難三第三十八
桓公能用管仲之功而忘射鈎之怨,文公能聽寺人之言而弃斬祛之罪,桓公、文公能容二子者也。後世之君,明不及二公;後世之臣,賢不如二子。不忠之臣以事不明之君,君不知,則有燕操、子罕、田常之賊;
新字:桓公能用管仲之功而忘射鈎之怨,文公能聴寺人之言而弃斬祛之罪,桓公、文公能容二子者也。後世之君,明不及二公;後世之臣,賢不如二子。不忠之臣以事不明之君,君不知,則有燕操、子罕、田常之賊;
書き下し
桓公能く管仲の功を用いて、鉤を射るの怨みを忘る。文公能く寺人の言を聴きて、祛を斬るの罪を棄つ。... 是れ臣讎するに、而も明燭すこと能わず、多く之に資を假すに、自ら以て賢と為して戒めず。
現代語訳
桓公は管仲の功績を用いて、(自分を狙って)帯の留め金を射た怨みを忘れた。文公は寺人の言葉を聴いて、(自分の)袖を切り落とした罪を捨てた。これは、臣下が仇をなしているのに見抜くことができず、彼らに多くの権限を与え、自分は賢明だと思い込んで警戒しないようなものである。
解説
桓公は自分の命を狙って矢を放った管仲を許してその功績を用い、文公は自分の袖を切り落とした寺人披の言葉に耳を傾けてその罪を許しました。一見すると、過去の恨みを水に流す度量の広さに見えます。ですが韓非は、これを危うい前例だと見ています。かつて敵対した者でも功績があれば許されるという話が広まれば、後に現れる本当に悪意ある者たちにまで、『失敗しても謝れば済む』『いずれ許してもらえる』という甘い期待を与えてしまうからです。家庭でも職場でも、一度大きな裏切りをした相手を情に流されて簡単に許してしまうと、周りの人にまで『多少のことをしても大丈夫だ』という誤った受け止め方を広げかねません。情けをかけることと、けじめをつけることは、分けて考える必要があるという指摘です。
この章句が説くこと
規律信賞必罰コンプライアンス説明責任先例
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