名将言行録 / 『名将言行録』蒲生氏郷 相撲と一万石の取り消し
○巖石の役、氏鄕の臣西村左馬之允拔け掛の功名せしかど、軍命を犯せし故、氏鄕怒て勘當せり。其後、西村、細川忠興を賴み、歸參を請ひければ、氏鄕、罪を赦して、本祿を與ふ。其翌日、氏鄕、西村と相撲を取らんと言はれけり。西村思ふ樣、主人と云、殊に歸參の翌日なり。我を試みんとのことなるべし、吾勝ならば、氣色や損ぜん、負たらば、輕薄者とや言はれん、如何はせん、一生の浮沈爰に究まりたりと思惟しけろが、人は名こそ惜けれ、輕薄人と言はれ用ひられんよりは、寧ろ氣色を損ぜんには如かずと覺悟を究め、相接せしが、終に勝ちぬ。氏鄕無念のことなり、今一番と力足を踏みて立向はる。近習の士共、西村心せよかしと思ひ、西村に目くばせし、息を呑み汗を握て居たりしが、西村、今度負けたらんには、諛者と言はれん、よしや怒に觸れば觸れと思ひ、少しも用捨なく、又勝たり。氏鄕打笑ひ、汝が力は我に倍せしと言はれ、翌日又加祿を賜はりしとぞ。 ○氏鄕、橋本惣兵衞を一萬石の約束にて呼寄せたり。惣兵衞雜談の時、知行十萬石の約束ならば、子供數多持たる間、一人川へ捨申すべくと言たり。氏鄕之を聞き、惣兵衞に謂て曰く、其方は知行に子を替申べくと申たる由、偖々賴母敷も之なく候、知行には人質をも捨申べくとの所存にて候や、內々其方は一萬石の約束にて呼置候へ共、其心底を承はりたる上は、高知は成間敷、一萬石を減じ、千石遣はすべくと言はれしとぞ。
新字:○巖石の役、氏郷の臣西村左馬之允抜け掛の功名せしかど、軍命を犯せし故、氏郷怒て勘当せり。其後、西村、細川忠興を頼み、帰参を請ひければ、氏郷、罪を赦して、本禄を与ふ。其翌日、氏郷、西村と相撲を取らんと言はれけり。西村思ふ様、主人と云、殊に帰参の翌日なり。我を試みんとのことなるべし、吾勝ならば、気色や損ぜん、負たらば、軽薄者とや言はれん、如何はせん、一生の浮沈爰に究まりたりと思惟しけろが、人は名こそ惜けれ、軽薄人と言はれ用ひられんよりは、寧ろ気色を損ぜんには如かずと覚悟を究め、相接せしが、終に勝ちぬ。氏郷無念のことなり、今一番と力足を踏みて立向はる。近習の士共、西村心せよかしと思ひ、西村に目くばせし、息を呑み汗を握て居たりしが、西村、今度負けたらんには、諛者と言はれん、よしや怒に触れば触れと思ひ、少しも用捨なく、又勝たり。氏郷打笑ひ、汝が力は我に倍せしと言はれ、翌日又加禄を賜はりしとぞ。 ○氏郷、橋本惣兵衛を一万石の約束にて呼寄せたり。惣兵衛雑談の時、知行十万石の約束ならば、子供数多持たる間、一人川へ捨申すべくと言たり。氏郷之を聞き、惣兵衛に謂て曰く、其方は知行に子を替申べくと申たる由、偖々頼母敷も之なく候、知行には人質をも捨申べくとの所存にて候や、内々其方は一万石の約束にて呼置候へ共、其心底を承はりたる上は、高知は成間敷、一万石を減じ、千石遣はすべくと言はれしとぞ。
書き下し
○巖石の役、氏鄕の臣西村左馬之允拔け掛の功名せしかど、軍命を犯せし故、氏鄕怒て勘當せり。其後、西村、細川忠興を賴み、歸參を請ひければ、氏鄕、罪を赦して、本祿を與ふ。其翌日、氏鄕、西村と相撲を取らんと言はれけり。西村思ふ樣、主人と云、殊に歸參の翌日なり。我を試みんとのことなるべし、吾勝ならば、氣色や損ぜん、負たらば、輕薄者とや言はれん、如何はせん、一生の浮沈爰に究まりたりと思惟しけろが、人は名こそ惜けれ、輕薄人と言はれ用ひられんよりは、寧ろ氣色を損ぜんには如かずと覺悟を究め、相接せしが、終に勝ちぬ。氏鄕無念のことなり、今一番と力足を踏みて立向はる。近習の士共、西村心せよかしと思ひ、西村に目くばせし、息を呑み汗を握て居たりしが、西村、今度負けたらんには、諛者と言はれん、よしや怒に觸れば觸れと思ひ、少しも用捨なく、又勝たり。氏鄕打笑ひ、汝が力は我に倍せしと言はれ、翌日又加祿を賜はりしとぞ。 ○氏鄕、橋本惣兵衞を一萬石の約束にて呼寄せたり。惣兵衞雜談の時、知行十萬石の約束ならば、子供數多持たる間、一人川へ捨申すべくと言たり。氏鄕之を聞き、惣兵衞に謂て曰く、其方は知行に子を替申べくと申たる由、偖々賴母敷も之なく候、知行には人質をも捨申べくとの所存にて候や、內々其方は一萬石の約束にて呼置候へ共、其心底を承はりたる上は、高知は成間敷、一萬石を減じ、千石遣はすべくと言はれしとぞ。
現代語訳
岩石の役で、氏郷の臣、西村左馬之允は抜けがけの功名を立てたが、軍命を犯したので、氏郷は怒って勘当した。その後、西村は細川忠興を頼んで帰参を願ったので、氏郷は罪を赦し、本禄を与えた。その翌日、氏郷は西村と相撲を取ろうと言った。西村は、主人であり、ことに帰参の翌日である、我を試すのだろう、私が勝てば機嫌を損じるだろうか、負ければ軽薄者と言われるだろうか、どうしよう、一生の浮き沈みがここで決まる、と思案したが、人は名こそ惜しいもの、軽薄な者と言われて用いられるよりは、むしろ機嫌を損ずるほうがよいと覚悟を決め、組み合って、ついに勝った。氏郷は無念がり、もう一番、と言って力足を踏んで立ち向かった。近習の士たちは、西村よ心せよ、と目くばせし、息を呑み汗を握っていたが、西村は、今度負けたら追従者と言われよう、たとえ怒りに触れるなら触れよ、と思って、少しの遠慮もなくまた勝った。氏郷は笑って、お前の力は私に倍すると言い、翌日また加禄を与えたという。 氏郷は橋本惣兵衛を一万石の約束で呼び寄せた。惣兵衛が雑談の中で、知行十万石の約束なら、子供が多くおりますから、一人を川へ捨てましょう、と言った。氏郷はこれを聞いて、惣兵衛に言った。お前は知行に子を替えると言ったそうだが、まったく頼もしくない。知行のために人質をも捨てる所存か。内々お前は一万石の約束で呼んだが、その心底を聞いた上は、高禄は無理だ。一万石を減じて千石を与えよう、と言ったという。
解説

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名将言行録・『名将言行録』蒲生氏郷 岩石城攻めと夜討ちの働き○西海の役、秀吉、巖石城は險阻の上に、熊谷越中が數多の兵にて楯籠りしことなれば、懃に攻め損じては敵の强みとなれば、押の兵を置き、先づ鹿兒島に押寄せんとす。氏郷再三攻落すべき旨を乞ひければ、秀吉漸くにして之を許せり。氏郷、前田利長等の兵と共に、巖石を攻む、秀吉本陣より其働を見て、薄淺黄に柳を縫たる紅梅裏の羽織を賜はり、之を著て城を攻落すべしとのことなり。氏郷感激し、終に城を攻落す。秀吉感悦ありて、鹿毛の太く逞き馬に梨地の鞍置たるを賜はり、早々御前へ參り候へとのことなり。氏郷打乘り參上の處、感稱斜めならず、猶軍忠を盡すべしとのことなり。巖石落城せしかば、程なく九州平均に屬せり。是巖石落城の響とぞ聞えける。 ○小田原の役、城中より氏郷の陣に夜討す。先手の者共相働く。氏郷は只一人鎗提げて敵に構はず、敵の後へ廻はり、後より突倒し〳〵相働く故、敵城中へ引取らんとすれども、氏郷一人に突立られ、堀に飛入り杯しけるを見、後より掛合はせたる侍共、我も〳〵と首を討捕りたり。秀吉曰く、氏郷の働珍しからずと雖も、此度の夜討に敵の後へ廻はり、跡を一人にて取切り數多首を討取ること當意の氣轉、古今稀なる働と感稱せられけり。
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名将言行録・『名将言行録』蒲生氏郷 家風の偏りと和歌○氏鄕曰く、今何の某の家風は和にして恩を貴ぶ、其士多く柔弱なり、義に感じ禮を知る者餘りありて、勇猛の士寡し、又何の某の家風は凜々と締り、武道の心掛け能く、手强き士多くして、義に感じ禮を知る者寡し、兩家互に失あり、譬へば、春夏は萬物盛長の時なれども、病に感ずる者多く、物腐り易く虫蛆を生ずるが如し、是れ恩を貴ぶの失なり。又秋冬は木葉衰枯する時なれども、物の成熟すること多し、其家風の縮りたるに似たり。春夏秋冬一偏に傾かざる樣に家風を正すを、主將の器と言ふべしと。 ○氏鄕、平生武職を守り、聊も怠らず。日夜家臣を集めて武道を琢磨し、明日の合戰に、其言に違はず働くことを專一とせい、家に財を蓄ろことなく、智士勇者を諸方より招て財祿を與へ、死を與に爲さんことを欲する故、天下の名士多く歸屬せり。之に依り秀吉、奧州の鎭壓とはせられけり。凡そ祿百餘萬石に充れども、臺所間々失食のことありて、家臣の徒より交々之を養ひしことありしとぞ。 ○氏鄕曰く、『雲は皆、拂ひ果てたる、秋風を、松に殘して、月をこそ見れ』。又『月澄みて、雲皆空に、消果てゝ、深山隱くれを、行く嵐哉』。此二首の和歌は軍法の心得に、大將たる者味ふべきなりと。 ○氏鄕、夜話には怪談を好めり。又武邊の話になりては、退屈せぬものなりとて、蠟燭二挺を限りに、夜話の者退出す、夏の夜は蠟燭を短く剪て風所に燈し置かれけり。