名将言行録 / 『名将言行録』明智光秀 鉄砲の腕と抜擢
○義景、光秀が加賀一戰の時、鳥銃にて餘多の敵を打落したるを感じ其技を一覽すべしとありて、頃て二十五間の射塲にて、一百の鉛丸を打たせたり。星入り、六十八殘る三十二は角にぞ入りてける。見る者其技能に服せり。義景大に感じ、諸士百人を撰み、鐵炮寄子と爲し、光秀に預けたり。
新字:○義景、光秀が加賀一戦の時、鳥銃にて余多の敵を打落したるを感じ其技を一覧すべしとありて、頃て二十五間の射塲にて、一百の鉛丸を打たせたり。星入り、六十八残る三十二は角にぞ入りてける。見る者其技能に服せり。義景大に感じ、諸士百人を撰み、鉄炮寄子と為し、光秀に預けたり。
書き下し
○義景、光秀が加賀一戰の時、鳥銃にて餘多の敵を打落したるを感じ其技を一覽すべしとありて、頃て二十五間の射塲にて、一百の鉛丸を打たせたり。星入り、六十八殘る三十二は角にぞ入りてける。見る者其技能に服せり。義景大に感じ、諸士百人を撰み、鐵炮寄子と爲し、光秀に預けたり。
現代語訳
義景は、光秀が加賀の一戦のとき、鉄砲で多くの敵を撃ち落としたのに感じ入り、その技を見たいと言って、やがて二十五間の射場で、百発の鉛玉を撃たせました。星に入ったのが六十八、残りの三十二は角に入りました。見る者はその技能に感服しました。義景は大いに感じ、諸士から百人を選んで鉄砲の寄子とし、光秀に預けました。
解説
朝倉義景のもとに身を寄せていた頃の光秀の話です。鉄砲の腕を見せ、百人の寄子を預けられたと伝わります。技能を的の中心に当てる数字で示し、周囲を納得させた点が読みどころです。逸話の細部は確かではありませんが、技が組織での立場に直結する時代の姿を示します。現代でも、新しい分野の専門性を、数字や成果で見せた人が、チームを任される流れは同じです。能力を自分で語るより、場を設けて実際に見せるほうが、信頼を得やすいことを、この逸話は示します。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
鉄砲射場寄子専門性抜擢朝倉義景
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